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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 08月 18日

開目抄愚記 下一八  過去の自我偈(じがげ)とは、人法体一の御本尊の御事なり

第三十四段 菩薩等守護無き(うたがい)を結す

一 ()れば諸経の諸仏・菩薩等

 上巻四十三の「又諸大菩薩」の下は、第二に菩薩等の守護なき(うたがい)を立つ、亦二と()す。初めに今昔の仏恩の(せん)(じん)を明かし、次に今の文の下は意を結するなり。

一 実には法華経にして正覚(しょうがく)なり給へり

 太田抄二十五・三に云く「彼等の衆は時を以て(これ)を論ずれば其の経の得道(とくどう)に似たれども実を以て之を(かんが)うるに三五下種の(ともがら)なり」と云云。

 法蓮抄に云く「過去に法華経の自我偈(じがげ)聴聞(ちょうもん)してありし人人、信力よはくして三五の塵点(じんてん)を経しかども、今度(このたび)・釈迦仏に()い奉りて法華経の功徳すすむ故に霊山(りょうぜん)をまたずして()(ぜん)の経経を縁として得道なると見えたり」と云云。此等の文の(こころ)なり。

 問う、過去の自我偈とは如何(いかん)

 答えて云く、過去の自我偈(じがげ)とは、人法体一の御本尊の御事なり。

御相伝に云く「自我偈の始終(しじゅう)は自身なり、中間(ちゅうげん)の文字は受用なり。()って自我偈は自受用身なり。自受用(ほしいままにうけ)(もちるみ)とは即ち事の一念三千の南無妙法蓮華経の本尊なり」(取意)と云云。

一 釈迦・諸仏の衆生無辺の総願は(みな)此の経にをいて満足す等

 ()七末七十七に云く「一切の諸願は四弘に()()す。故に名づけて総と()す」と云云。此の文、分明(ふんみょう)なり。一切の菩薩に約して「総」の字を消すべからず云云。

御書三十八・三十三に云く「華厳経に云く『衆生界()きざれば我が願も(また)尽きず』等と云云、一切の菩薩必ず()()誓願(せいがん)(おこ)すべし。其の中の衆生無辺誓願度の(ねがい)(これ)(みた)せざれば無上菩提誓願証の願(また)成じ難し、之を以て之を案ずるに四十余年の(もん)二乗に限らば菩薩の願(また)成じ難きか」(「爾前二乗菩薩不作仏事」)等云云。

一 (こん)者已(じゃい)満足(まんぞく)の文是れなり

啓蒙(けいもう)に云く「方便品の願満の文を引いて上来の本迹(ほんじゃく)成仏の大旨を結する事、(もっと)も本迹一致の意を(あらわ)したまう(かん)(もん)なるべし」と云云。

 今(いわ)く、文は迹門に()れども義は本門を(きわ)むるなり。所謂(いわゆる)、此の文は上巻の「又諸大菩薩」の下を結する故に、上来の意は(みな)此の文を含むなり。(しか)るに、上来の大旨(たいし)は、諸大菩薩は()(ぜん)四十(しじゅう)()(ねん)の間は仏の御弟子(みでし)に非ず。今経の迹門に来至(らいし)して始めて未聞(みもん)の法を聞き、仏の御弟子と成る。故に一往(いちおう)迹門は願満に似たり。(しか)りと(いえど)霊山(りょうぜん)日浅くして夢の如くうつ()つならず。然るに宝塔(ほうとう)品より事起り、寿量品に至って久遠已来(いらい)の主師親の(じん)(えん)を説き(あらわ)す。此の時、真実究竟(くきょう)の願満なり。何ぞ本迹一致の意を(あらわ)すといわんや。

 問う、此の文を正しく本門に約する(しょうこ)如何(いかん)

 答う、経に云く「我が昔の所願の如き、今は(すで)に満足しぬ」と云云。「我が昔の所願の如き」と(すなわ)ち是れ「(われ)(もと)誓願を立てて」の文なり。(しか)るに此の文を(げん)文第三・二十二の二の諦境(たいきょう)の下には(まさ)しく本因の誓願に約す。玄文第六の感応(かんのう)妙の下八、(せん)六・九十、(しょ)一・七の本迹釈の引証の下、記の一本三十二には本果(ほんが)の誓願に約す。故に知んぬ、実には本因本果の誓願を説き「我(もと)誓願を立てて」「我が昔の所願の如き」と云うなり。故に知んぬ、究竟(くきょう)の願満は本門の時に()るなり。(いわん)当体義抄に云く「久遠(じつ)(じょう)の釈迦如来は『我が昔の所願の如き、今は(すで)に満足しぬ、一切衆生を化して皆仏道に入ら()む』とて御願(すで)に満足し」等云云。此の文、分明(ふんみょう)なり。

一 其の経経の仏・菩薩・諸天()等・守護し給らん

 是れは(にょ)(せつ)修行の人に約するなるべし。今末法に至っては(みな)法華経の(かたき)となるなり。

一 例せば孝子(こうし)

 古語に云く「父命を以て王命を()せざれ、王命を以て父命を辞せよ」等云云。小松(こまつ)内府(ないふ)の父を(いさ)むる事、源平(げんぺい)盛衰記(せいすいき)六・十六已下を往いて見よ。其の(ほか)云云。

一 日蓮案じて云く法華経の二処(にしょ)三会(さんね)の座等

 上巻三十六(うたがい)()ぐる中に(また)三あり。初めに疑を立つる意を示し、次に(まさ)しく疑を立て、三に今文の下は疑を立つる意を結するなり。

                   つづく
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by johsei1129 | 2015-08-18 19:31 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
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