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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 08月 01日

南条時光の弟、七郎五郎の急逝を弔慰された書【上野殿御返事(弔慰御書)】

【上野殿御返事(弔慰御書) 】
■出筆時期:弘安三年九月六日(西暦1280年)九月六日 五十九歳御作。
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■出筆の経緯:本抄は南条時光の弟・七郎五郎が急死された事を悼んでおくられたご消息文です。
 大聖人は本抄の長文の追伸で「此の六月十五日に見奉り候いしに、あはれ肝(きも)ある者かな男や男やと見候いしに又見候はざらん事こそかなしくは候へ」記し、僅か三か月程前に、時光が七郎五郎を伴って大聖人のもとへ見参されたことを偲ばれ、その時の七郎五郎の印象を「あはれ肝ある者かな男や男やと見候いし」と、その将来を嘱望されていた事と、急に逝去されたことを「かなしくは候へ」と率直に心境を吐露されておられます。さらに「法華経に身を入れて候いしかば臨終目出たく候いけり、心は父君と一所に霊山浄土に参りて、手をとり頭を合せてこそ悦ばれ候らめおられます」と、時光並びに我が子を失った母の悲しみを悼(いた)まれておられます。
■ご真筆: 富士大石寺所蔵。

[上野殿御返事(弔慰御書) 本文]

南条七郎五郎殿の御死去の御事、人は生れて死するならいとは、智者も愚者も上下一同に知りて候へば、始めてなげくべし、をどろくべしとわ、をぼへぬよし、我も存じ、人にもをしへ候へども、時にあたりて・ゆめか・まぼろしか・いまだわきまへがたく候。

まして母のいかんがなげかれ候らむ。父母にも兄弟にも・をくれはてて・いとをしきをとこ(夫)に・すぎわかれたりしかども、子どもあまたをはしませば、心なぐさみてこそ・をはしつらむ。

いとをしき・てこご・しかもをのこご・みめかたちも人にすぐれ心も・かいがいしくみへしかば、よその人人も・すずしくこそみ候いしに、あやなく・つぼめる花の風にしぼみ、満つる月の・にわかに失たるがごとくこそをぼすらめ。まこととも・をぼへ候はねば・かきつくるそらも・をぼへ候はず、又又申すべし、恐恐謹言。

弘安三年九月六日        日 蓮 花 押
上野殿御返事

追申、此の六月十五日に見奉り候いしに・あはれ肝ある者かな男や男やと見候いしに、又見候はざらん事こそかなしくは候へ。
 さは候へども釈迦仏・法華経に身を入れて候いしかば臨終・目出たく候いけり。心は父君と一所に霊山浄土に参りて・手をとり頭を合せてこそ悦ばれ候らめ、あはれなり・あはれなり。

by johsei1129 | 2015-08-01 16:53 | 南条時光(上野殿) | Trackback | Comments(0)
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