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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 07月 29日

法報応三身如来は法華経寿量品より外の一切経には釈尊秘めて説き給はずと断じた【四条金吾釈迦仏供養事】

【四条金吾釈迦仏供養事】
■出筆時期:建治二年(西暦1276年)七月十五日 五十五歳御作。
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■出筆の経緯:本抄はこの頃四条金吾が父母の追善供養で釈迦仏の木像を造立、大聖人にその開眼を願い出た事への返書となっております。 
大聖人は釈迦仏の木像の力用について「草木世間と申すは五色のゑのぐは草木なり画像これより起る、木と申すは木像是より出来す、此の画木に魂魄と申す神を入るる事は法華経の力なり」と示し、釈迦の仏像といえど法華経でなければ魂魄を入れることはできないと諭されております。

大聖人が信徒による釈迦仏の造立を容認されたのは、当時の鎌倉仏教が、阿弥陀如来、大日如来等の末法では功力を失った本尊雑乱の状況を踏まえ、仏教の始祖である釈尊に立ち返る事を重視したためと思われます。その上で、釈迦仏像開眼には、法報応の三身如来が必要でこの事は「法華経の寿量品より外の一切経には教主釈尊秘めて説き給はずとなり」と断じておられます。
■ご真筆: 神奈川県・妙本寺に第十八紙所蔵。その他全て身延久遠寺に存在したが明治の大火で焼失。
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真筆箇所本文:どうれひならびに他人と我宅ならで夜中の御さかもりあるべからず。主のめさん時はひるならばいそぎまいらせ給べし。夜ならば三度までは頓病の由申せ給て、三度にすぎば下人又他人をかたらひて、つじをみせなんどして御出仕あるべし。かうつゝませ給はんほどに、むこ(蒙古)人もよせなんどし候わば、人の心又さきにひきかへ候べし。かたきを打心とどまるべし。申せ給事は御あやまちありとも、左右なく御内を出させ給べからず。ましてなからんにはなにとも人申せ、くるしからず。をもひのまゝに入道にもなりてをはせば、さきさきならば]

[四条金吾釈迦仏供養事 本文]

御日記の中に釈迦仏の木像一体等云云、開眼の事・普賢経に云く「此の大乗経典は諸仏の宝蔵なり十方三世の諸仏の眼目なり」等云云、又云く「此の方等経は是れ諸仏の眼なり諸仏・是に因つて五眼を具することを得たもう」云云、此の経の中に得具五眼とは一には肉眼・二には天眼・三には慧眼・四には法眼・五には仏眼なり、此の五眼をば法華経を持つ者は自然に相具し候、譬へば王位につく人は自然に国のしたがうがごとし、大海の主となる者の自然に魚を得るに似たり、華厳・阿含・方等・般若・大日経等には五眼の名はありといへども其の義なし、今の法華経には名もあり義も備わりて候・設ひ名はなけれども必ず其の義あり。

三身の事、普賢経に云く「仏・三種の身は方等より生ず是の大法印は涅槃海を印す此くの如き海中より能く三種の仏の清浄の身を生ず此の三種の身は人天の福田にして応供の中の最なり」云云。
 
 三身とは一には法身如来・二には報身如来・三には応身如来なり、此の三身如来をば一切の諸仏必ずあひぐす。譬へば月の体は法身・月の光は報身・月の影は応身にたとう。一の月に三のことわりあり・一仏に三身の徳まします、この五眼三身の法門は法華経より外には全く候はず、故に天台大師の云く「仏三世に於て等しく三身有り諸教の中に於て之を秘して伝えず」云云、此の釈の中に於諸教中とかかれて候は華厳・方等・般若のみならず法華経より外の一切経なり、秘之不伝とかかれて候は法華経の寿量品より外の一切経には教主釈尊秘めて説き給はずとなり。

されば画像・木像の仏の開眼供養は法華経・天台宗にかぎるべし、其の上一念三千の法門と申すは三種の世間よりをこれり、三種の世間と申すは一には衆生世間・二には五陰世間・三には国土世間なり、前の二は且らく之を置く、第三の国土世間と申すは草木世間なり、草木世間と申すは五色のゑのぐは草木なり画像これより起る、木と申すは木像是より出来す、此の画木に魂魄と申す神を入るる事は法華経の力なり天台大師のさとりなり、此の法門は衆生にて申せば即身成仏といはれ画木にて申せば草木成仏と申すなり、止観の明静なる前代いまだきかずと・かかれて候と無情仏性・惑耳驚心等とのべられて候は是なり、此の法門は前代になき上・後代にも又あるべからず、設ひ出来せば此の法門を偸盗せるなるべし、然るに天台以後二百余年の後・善無畏・金剛智・不空等・大日経に真言宗と申す宗をかまへて仏説の大日経等には・なかりしを法華経・天台の釈を盗み入れて真言宗の肝心とし、しかも事を天竺によせて漢土・日本の末学を誑惑せしかば皆人此の事を知らず一同に信伏して今に五百余年なり、然る間・真言宗已前の木画の像は霊験・殊勝なり真言已後の寺塔は利生うすし、事多き故に委く注さず。

此の仏こそ生身の仏にておはしまし候へ、優填大王の木像と影顕王の木像と一分もたがうべからず、梵・帝・日月・四天等必定して影の身に随うが如く貴辺をば・まほらせ給うべし是一。
御日記に云く毎年四月八日より七月十五日まで九旬が間・大日天子に仕えさせ給ふ事、大日天子と申すは宮殿七宝なり其の大さは八百十六里・五十一由旬なり、其の中に大日天子居し給ふ、勝無勝と申して二人の后あり左右には七曜・九曜つらなり前には摩利支天女まします・七宝の車を八匹の駿馬にかけて四天下を一日一夜にめぐり四州の衆生の眼目と成り給う、他の仏・菩薩・天子等は利生のいみじくまします事・耳にこれを・きくとも愚眼に未だ見えず、是は疑うべきにあらず眼前の利生なり教主釈尊にましまさずば争か是くの如くあらたなる事候べき、一乗の妙経の力にあらずんば争か眼前の奇異をば現す可き不思議に思ひ候、争か此の天の御恩をば報ずべきと・もとめ候に仏法以前の人人も心ある人は皆或は礼拝をまいらせ或は供養を申し皆しるしあり。

又逆をなす人は皆ばつあり、今内典を以てかんがへて候に金光明経に云く「日天子及以月天子是の経を聞くが故に精気充実す」等云云、最勝王経に云く「此の経王の力に由つて流暉四天下を遶る」等云云、当に知るべし日月天の四天下をめぐり給うは仏法の力なり・彼の金光明経・最勝王経は法華経の方便なり勝劣を論ずれば乳と醍醐と金と宝珠との如し、劣なる経を食しましまして尚四天下をめぐり給う、何に況や法華経の醍醐の甘味を甞(なめ)させ給はんをや、故に法華経の序品には普香天子とつらなりまします、法師品には阿耨多羅三藐三菩提と記せられさせ給う火持如来是なり、其の上慈父よりあひつたはりて二代我が身となりて・としひさし争かすてさせたまひ候べき、其の上日蓮も又此の天を恃みたてまつり日本国にたてあひて数年なり、既に日蓮かちぬべき心地す利生のあらたなる事・外にもとむべきにあらず、是より外に御日記たうとさ申す計りなけれども紙上に尽し難し。
なによりも日蓮が心にたつとき事候、父母御孝養の事度度の御文に候上に今日の御文なんだ更にとどまらず、我が父母・地獄にや・おはすらんとなげかせ給う事のあわれさよ、仏の弟子の御中に目犍尊者と申しけるは父をばきつせん師子と申し母をば青提女と申しけるが餓鬼道におちさせ給いけるを凡夫にてをはしける時は、しらせ給わざりければ・なげきもなかりける程に、仏の御弟子とならせ給いて後・阿羅漢となりて天眼をもつて御らんありければ餓鬼道におはしけり、是を御らんありて飲食をまいらせしかば炎となりて・いよいよ苦をましさせまいらせ給いしかば、いそぎ・はしりかへり仏に此の由を申させ給いしぞかし、爾の時の御心をおもひやらせ給へ、今貴辺は凡夫なり肉眼なれば御らんなけれども・もしも・さもあらばと・なげかせ給う・こは孝養の一分なり・梵天・帝釈・日月・四天も定めてあはれとおぼさんか、華厳経に云く「恩を知らざる者は多く横死に遭う」等云云、観仏相海経に云く「是れ阿鼻の因なり」等云云、今既に孝養の志あつし定めて天も納受あらんか是二。

御消息の中に申しあはさせ給う事くはしく事の心を案ずるに・あるべからぬ事なり、日蓮をば日本国の人あだむ是はひとへにさがみどの・のあだませ給うにて候ゆへなき御政りごとなれども・いまだ此の事にあはざりし時より・かかる事あるべしと知りしかば・今更いかなる事ありとも人をあだむ心あるべからずと・をもひ候へば、此の心のいのりとなりて候やらん・そこばくのなんをのがれて候、いまは事なきやうになりて候、日蓮がさどの国にてもかつえしなず又これまで山中にして法華経をよみまいらせ候は・たれか・たすけん・ひとへにとのの御たすけなり・又殿の御たすけは・なにゆへぞと・たづぬれば入道殿の御故ぞかし、あらわには・しろしめさねども定めて御いのりともなるらん・かうあるならば・かへりて又とのの御いのりとなるべし父母の孝養も又彼の人の御恩ぞかし、かかる人の御内を如何なる事有ればとて・すてさせ給うべきや・かれより度度すてられんずらんは・いかがすべき・又いかなる命になる事なりとも・すてまいらせ給うべからず、上にひきぬる経文に不知恩の者は横死有と見えぬ・孝養の者は又横死有る可からず、鵜と申す鳥の食する鉄はとくれども腹の中の子はとけず、石を食する魚あり又腹の中の子はしなず、栴檀の木は火に焼けず浄居の火は水に消へず・仏の御身をば三十二人の力士・火をつけしかども・やけず、仏の御身よりいでし火は三界の竜神・雨をふらして消しかどもきえず、殿は日蓮が功徳をたすけたる人なり・悪人にやぶらるる事かたし、もしやの事あらば先生に法華経の行者を・あだみたりけるが今生にむくふなるべし、此の事は如何なる山の中・海の上にても・のがれがたし、不軽菩薩の杖木の責も目連尊者の竹杖に殺されしも是なり、なにしにか歎かせ給うべき。

但し横難をば忍(しのぶ)には・しかじと見へて候・此の文御覧ありて後は・けつして百日が間をぼろげならでは・どうれい並に他人と我が宅ならで夜中の御さかもりあるべからず・主の召さん時は昼ならば・いそぎ参らせ給うべし、夜ならば三度までは頓病の由を申させ給いて三度にすぎば下人又他人をかたらひてつじを見せなんどして御出仕あるべし、かうつつしませ給はんほどにむこの人もよせなんどし候はば人の心又さきにひきかへ候べし、かたきをうつ心とどまるべしと申させ給う事は御あやまち・ありとも左右なく御内を出でさせ給うべからず、まして・なからんには・なにとも人申せ・くるしかるべからず、おもひのままに入道にもなりておはせば・さきさきならばくるしからず、又身にも心にもあはぬ事あまた出来せば・なかなか悪縁・度度・来るべし、このごろは女は尼になりて人をはかり男は入道になりて大悪をつくるなり、ゆめゆめ・あるべからぬ事なり、身に病なくとも・やいとを一二箇所やいて病の由あるべし、さわぐ事ありとも・しばらく人をもつて見せをほせさせ給へ。
事事くはしくは・かきつくしがたし、此の故に法門もかき候はず、御経の事はすずしくなり候いてかいてまいらせ候はん、恐恐謹言。

建治二年丙子七月十五日  日 蓮 花 押
四条金吾殿御返事


by johsei1129 | 2015-07-29 21:41 | 四条金吾・日眼女 | Trackback | Comments(0)
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