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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 10月 13日

大聖人の鎌倉出立から身延入山までの苦難の道中を記した書【富木殿御書】

【富木殿御書光】
■出筆時期:文永十一年(1274)五月十七日 五十三歳御作。
■出筆場所:身延山中 仮住まいにて。
■出筆の経緯:大聖人は佐渡流罪ご赦免後鎌倉に入り、文永十一年四月八日に平頼綱に三度目の国家諫暁をされています。
その後「本よりごせし事なれば、三度国をいさめんにもちゐずば国をさるべしと。(種種御振舞御書)」の決意を胸に弟子の育成に専念するため身延山中に入る。本書では信頼する富木常忍に対し、鎌倉から身延までの苦難の道中を、日付を追って記されて伝えられておられます。またこの間の事情については同行していた弟子たちを元いたところに帰すので「御房達に語らせて、お聞きいただきたい」と伝えております。また道中の苦難については「飢えは言いようもないほどである。米は一合も売ってくれない。餓死してしまうことであろう」と厳しい状況を率直に吐露されておられ、覚悟の鎌倉出立であることが、現在の信徒にもひしひしと伝わってきます。
■ご真筆:鴨川市・鏡忍寺所蔵(千葉県指定有形文化財)
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[富木殿御書 本文]   [英語版]

けかち(飢渇)申すばかりなし。米一合もうらずがししぬべし、此の御房たちも、みなかへして但一人候べし。
このよしを御房たちにもかたりさせ給へ。

十二日さかわ、十三日たけのした、十四日くるまがへし、十五日ををみや、十六日なんぶ、十七日このところ、いまださだまらずといえども、たいしはこの山中、心中に叶いて候へば、しばらくは候はんずらむ。
結句は一人になりて日本国に流浪(るろう)すべきみにて候。
又たちとどまるみならば、けさんに入り候べし、恐恐謹言。

十七日                 日 蓮 在御判
ときどの

[現代訳]

飢えの状況は申すまでもありません。道中、米一合も売ってはくれません。このままでは餓死してしまうであろうと思われる。
同行してきた弟子たちも皆元のところに返して、日蓮一人この場所にいようと思います。
この事情は弟子たちに話してもらって聞いてください。
 十二日に酒匂、十三日に竹之下、十四日に車返、十五日に大宮、十六日に南部、十七日に、ここに着きました。まだ住むところも決まっていませんが、この身延の山中は私の心にかなっているので、しばらくは居ることになると思います。結局は一人になって日本国を流浪する身であろうかと思われる。また、この地に留まる身となったなら、是非見参してください。恐恐謹言。

by johsei1129 | 2019-10-13 21:45 | 富木常忍・尼御前 | Trackback | Comments(0)
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