観心本尊抄文段 上二十 南無妙法蓮華経は常楽我浄なり。

　第四段　広く観心を釈す

一　問うて曰く法華経は何(いず)れの文等文。

此の下は次に広釈(こうしゃく)、亦三あり。初めに引文、二に「問うて日く自他面」の下は難信難解(なんげ)、三に「問うて日く経文」の下は正釈。初めの引文の中に総別有り云云。

文に云く「寿量品に云く、是くの如く我(われ)成仏乃至仏界所(しょ)具(ぐ)の九界なり」等文。既に「今猶(こんゆう)未尽(みじん)」という。故に知んぬ、因位の万行、果海に流入することを。故に仏界所具の九界と云うなり。証真の文の第六の記に云く「若し酬因(しゅういん)感果(かんか)とは菓成(かじょう)華落(けらく)の如し。若し積(しゃっ)功(く)累(るい)徳(とく)と云うは衆流(しゅうる)の海に入るが如し。経に云く『我(が)本(ほん)行(ぎょう)菩薩(ぼさつ)道(どう)、所(しょ)成(じょう)寿命(じゅみょう)、今猶未尽』とは即ち是れ流入の義なり」と云云。

問う、経文には但(ただ)「菩薩道」という、何ぞ九界等というや。

答う、菩薩はこれ九界の所収なり。故に一を挙(あ)げて諸(もろもろ)に例するなり。

一　経に云く、提婆(だいば)達(だっ)多(た)乃至地獄界所(しょ)具(ぐ)の仏界なり文。

問う、下の十文並びに「所具の十界」と云う。当文のみ何ぞ「所具の仏界」というや。

　答う、文義互(ご)顕(けん)なり。謂(いわ)く、若(も)し文に約せば皆応(まさ)に当文の如く「所具の仏界」と云うべし。若し義に約せば、皆応に下の文の如く「所具の十界」と云うべし。尚(なお)仏界を具す、余も皆亦(また)然(しか)るが故なり。故に知んぬ、互いに現わることを。

一　一を藍(らん)婆(ば)と名け乃畜是れ餓鬼(がき)界所具の十界なり文。

十(じゅう)羅刹(らせつ)の父は即ち般闍(はんじゃ)伽(か)鬼(き)なり。日我の抄に雑宝蔵経を引くが如し。十羅刹の母は即ちこれ鬼子(きし)母神(もじん)なり。録外(ろくげ)の二十五巻の如し。

一　地涌(じゆ)千界(せんがい)乃至(ないし)真(しん)浄(じょう)大法(だいほう)等文。

玄の七三十三に云く「口に真浄大法を唱(とな)う。真は是れ常なり。略して二徳を挙ぐ。我・楽知るべし、而(しか)るに鈍者は文を読みて猶(なお)自(おのずか)ら覚らず」文。故に知んぬ「口(く)唱(しょう)真(しん)浄(じょう)大法(だいほう)」とは即ち是れ口唱南無妙法蓮華経なり。此れ即ち浄(じょう)楽(らく)我(が)常(じょう)、即ち是れ南無妙法蓮華経なる故なり。

御義の上四十四に云く「南無とは楽波(は)羅(ら)蜜(みつ)・妙法とは我(が)波羅蜜・蓮華とは浄波羅蜜・経とは常波羅蜜なり」已上。

問う、南無の二字を以て楽波羅蜜に配する意(こころ)如何(いかん)。

答う、南無とは帰命(きみょう)の義なり。帰命とは註釈に云く「帰とは帰し奉(たてまつ)るなり、命とは出入(すいにゅう)の息なり。夫(そ)れ有(う)心(しん)の衆生は命を以て宝と為(な)す。一切の宝の中に命宝第一なり。今(いま)八万第一の命宝を以て、実相の仏に帰したてまつる故に帰命と云う」文。凡(およ)そ一切有心の衆生は命宝を惜しむを以ての故に諸の苦を生ず。既(すで)に命宝を以て妙法蓮華経の仏に帰し奉(たてまつ)り訖(おわ)んぬ、更に楽の之(これ)に過(す)ぐる無し。故に南無を以て楽波羅蜜に配するなり。又妙法は法界の全体なり。故に法界に自在なれば我(が)波羅蜜に配す。蓮華は清浄の義なり。経は常の義なり。常(じょう)途(ず)の如く知るべし。

然(しか)れば則(すなわ)ち、地涌(じゆ)千界(せんがい)は口(くち)に南無妙法蓮華経と唱う。地涌は即ち是れ菩薩界、口(く)唱(しょう)妙法は即ち仏界なり。尚(なお)仏界を具す、余界も亦然(しか)り。故に「菩薩界所具の十界」と云うなり。

一　或説己(こ)身(しん)或説他身乃至仏界所具の十界なり文。

問う、己身・他身は法応の二身、即ち是れ所具の仏界なり。余界亦(また)然るが故に、所具の十界其の義分明(ふんみょう)なり。

未だ能具の仏界を見ず、如何(いかん)。

答う、二箇の「説」の字、即ち是れ能説・能具の仏界なり云云。

一　問うて曰(いわ)く自他面(じためん)の六根等文。

　此の下は二に難信難解、亦二と為(な)す。初めに問、次に答。初めの問の意は、世間の鏡に向(むか)えば則ち自他面の六根共に之を見る。経文の鏡に向うと雖(いえど)も、彼此(ひし)の十界に於ては親(まのあた)り之を見ず。如何ぞ之を信ぜんと。此の疑(うたがい)を挙ぐる所以は法体(ほったい)の甚(じん)深(じん)を称歎(しょうたん)せんが為なり。

　答の文に亦三あり。初めに引文、次に在世を挙げて滅後を況(きょう)し、三に「汝之を信ぜば」の下は結歎(けったん)なり。

　　　　　　　　　　　　　　つづく

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