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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 11月 09日

仏世に出でさせ給いて(外道)九十五種は皆地獄に堕ちたり、と説いた【弥源太入道殿御消息】

【弥源太入道殿御消息】
■出筆時期:弘安元年(1278)八月十一日 五十七歳御作。
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■出筆の経緯:本抄は北条一門の北条弥源太より「建長寺道隆が亡くなり、残された弟子達が道隆の身が舎利となったと喧伝している」と伝えてきたことへの返書となっております。建長寺道隆は禅宗の僧侶で、極楽寺良観と結託して大聖人を陥れようとして度々幕府に働きかけておりました。大聖人はこのことについては伯耆殿(日興上人)の手紙に書いていたと記すとともに「仏以前に九十五種の外道ありき、各各是を信じて仏に成ると申す<中略>仏世に出でさせ給いて九十五種は皆地獄に堕ちたり」と断じ、「仏の舎利は火にやけず・水にぬれず・金剛のかなづちにて・うてども摧(くだ)けず<略>一くだ(砕)きして見よかし、あらやす(易)し・あらやすし」と記し、一叩きすれば簡単に砕けるだろうと一蹴されておられます。
■ご真筆: 現存していない。

[弥源太入道殿御消息 本文]


一日の御帰路をぼつかなく候つる処に御使悦び入つて候。御用事の御事共は伯耆殿の御文に書かせて候。

然るに道隆の死して身の舎利となる由の事、是は何とも人知らず用いまじく候へば兎角(とこう)申して詮は候はず。但し仏の以前に九十五種の外道ありき、各各是を信じて仏に成ると申す。又皆人も一同に思いて候し程に、仏世に出でさせ給いて九十五種は皆地獄に堕ちたりと説かせ給いしかば、五天竺の国王・大臣等は仏は所詮なき人なりと申す。

又外道の弟子どもも、我が師の上を云れて悪心をかき候。竹杖外道と申す外道の目連尊者を殺せし事是なり。苦得外道と申せし者を仏記して云く、七日の内に死して食吐鬼と成るべしと説かせ給いしかば外道瞋りをなす、七日の内に食吐鬼と成りたりしかば、其を押し隠して得道の人の御舎利買うべしと云いき。其より外に不思議なる事数を知らず。

 但し道隆が事は見ぬ事にて候へば如何様(いかよう)に候やらん。但し弘通するところの説法は共に本(もと)権教より起りて候しを・今は教外別伝と申して物にくるひて我と外道の法と云うか。其の上建長寺は現に眼前に見へて候。日本国の山寺の敵とも謂(い)いつべき様なれども、事を御威によせぬれば皆人恐れて云わず。

 是は今生を重くして後生は軽くする故なり、されば現身に彼の寺の故に亡国すべき事当りぬ。

 日蓮は度度知つて日本国の道俗の科を申せば、是は今生の禍(わざわい)・後生の福(さいわい)なり。但し道隆の振舞は日本国の道俗知りて候へども、上(かみ)を畏(おそ)れてこそ尊み申せ、又内心は皆うとみて候らん。

 仏法の邪正こそ愚人なれば知らずとも、世間の事は眼前なれば知りぬらん。又一は用いずとも人の骨の舎利と成る事は易く知れ候事にて候。仏の舎利は火にやけず・水にぬれず・金剛のかなづちにて・うてども摧(くだ)けず、一くだきして見よかし、あらやすし・あらやすし。

 建長寺は所領を取られて・まどひたる男どもの入道に成りて四十・五十・六十なんどの時、走り入りて候が用は之れ無く、道隆がかげ(蔭)にしてすぎぬるなり。云うに甲斐なく死ぬれば不思議にて候を、かくして暫くもすぎき。
又は日蓮房が存知の法門を人に疎ませんとこそたばかりて候らめ。あまりの事どもなれば誑惑顕われなんとす、但しばらく・ねう(忍)じて御覧ぜよ。根露れぬれば枝か(枯)れ・源渇(かわ)けば流尽くると申す事あり、恐恐謹言。

弘安元年戊寅八月十一日          日 蓮 花押
弥源太入道殿

by johsei1129 | 2019-11-09 16:08 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
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