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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 07月 11日

妻を法華経に導いた亡き夫は娑婆最後の善知識なりけりと称えた【持妙尼御前御返事】

【持妙尼御前御返事(相思樹御書)】
■出筆時期:建治二年(西暦1276年)十一月二日 五十五歳御作。
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■出筆の経緯:本抄は日興上人の叔母で、富士郡高橋入道の御家尼・持妙尼御前に宛てられたご消息文です。持妙尼は、妙心尼とも窪尼とも呼ばれ、夫亡き後も大聖人への帰依の志を貫き現存するだけでも二十点ほどのご消息文を賜っておられます。本抄では持妙尼が大聖人に夫がこの世にいない寂しさを伝えたことに対し大聖人は、幾つかの故事を引いて「おとこをんな(男女)のわかれほど、たとげなかりけるはなし」と慰めるとともに「過去遠遠より女の身となりしが、このおとこ(高橋入道)娑婆最後のぜんちしき(善知識)なりけり」と記し、持妙尼を法華経に導いた亡き夫高橋入道は、仏法の善知識であるとたたえておられます。
文末では相聞歌を二首掲げ、「亡き夫を恋い慕う気持ちは日蓮にも十分伝わっております」と暗に示すとともに「法華経の題目を、となへまいらせて、まいらせ候。」と記し、その気持ちをもって法華経の題目を唱えて夫を追善供養するよう促されております。    
■ご真筆: 残されていない。古写本:日興上人筆(富士大石寺所蔵)

[持妙尼御前御返事(相思樹御書) 本文]

 御そうぜんれう送り給い了んぬ。
 すでに故入道殿のかくるる日にて・おはしけるか、とかう・まぎれ候いけるほどに・うちわすれて候いけるなり、よもそれにはわすれ給はじ。

  蘇武と申せし男は、漢王の御使に胡国と申す国に入りて十九年、めもおとこをはなれ、おとこもわするる事なし。あまりのこひしさに、おとこの衣を秋ごとにきぬたのうへにて・うちけるが、おもひやとをりて・ゆきにけん、おとこのみみにきこへたり。

 ちんしといいしものは、めおとこ・はなれけるに・かがみをわりて・ひとつづつ・とりにけり。わするる時はとり、とび去りけり。

 さうしといゐしものは、おとこをこひてはかにいたりて木となりぬ。相思樹と申すはこの木なり。

 大唐へわたるにしがの明神と申す神をはす、おとこのもろこしへ・ゆきしをこひて神となれり、しまのすがたおうなににたり、まつらさよひめといふ是なり。

いにしへより・いまにいたるまでをやこのわかれ主従のわかれ・いづれかつらからざる。されども、おとこをんなのわかれほど・たとげなかりけるはなし。過去遠遠より女の身となりしが、このおとこ娑婆最後のぜんちしきなりけり。

ちりしはな、をちしこのみも・さきむすぶ、いかにこ人の・返らざるらむ。
こぞ(去年)もうく、ことしもつらき、月日かな。おもひはいつも・はれぬものゆへ。
法華経の題目を・となへまいらせて・まいらせ候。

十一月二日                         日 蓮 花 押

持妙尼御前御返事

by johsei1129 | 2015-07-11 21:49 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
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