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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 07月 01日

開目抄愚記 上二六


  第十八段 諸宗の
(びゅう)()を挙ぐ

一 されば法相(ほっそう)

 上の十紙の「(ここ)()愚見(ぐけん)」の下は難信難解を以て法華真実を(あらわ)す、中にこの下は(びゅう)()を挙げて難信を結するなり。

一 無著(むじゃく)菩薩

  註に婆籔槃(ばすばん)()(でん)並びに西域(さいいき)五・十一の文を引くが如し。名義一・三十二。先ず謬解を()げて難信を結す。文を分ちて二と()す。初めに(びゅう)()を挙げて、次に「されば八箇年」の下は難信を結す。初めにまた二あり。初めに法相宗、次に華厳・真言。次に法相宗にまた二あり。初めに(しばら)く彼の宗を(たん)じ、次に「此の宗の云く」の下は(まさ)しく謬解を挙ぐ。初めの文中に三国を()(おのおの)師弟檀那を明かす、見るべし云云。

一 阿輸舎(あゆしゃ)(こく)文。

  (まさ)に「阿踰舎国」に作るべし。西域(さいいき)等、往いて見よ。

一 世親(せしん)

  (また)(てん)(じん)と名づく、即ち無著(むじゃく)菩薩の弟なり。婆籔槃(ばすばん)豆伝(ずでん)啓蒙(けいもう)所引の如し。

一 護法(ごほう)

  西域第十・二十一、註に所引の如し。(しょう)(べん)、使を(つかわ)すこと、西域第十・十八に。

一 難陀(なんだ)

  補注(ふちゅう)、註に所引の如し。

一 (かい)(けん)

  西域八・十五、註に所引の如し。また続僧伝四・十九、啓蒙所引の如し。

一 (かい)(にち)大王。

  西域十一・十一、註に所引の如し。まだ同五巻二紙に「六年の間に五天竺(てんじく)を皆従えて、仏法護持(ごじ)の大(けん)(のう)なり」と。

一 玄奘(げんじょう)

  西域十二・二十五。「十七年」の義、可なり。註の指南(しなん)は恐らく(あやま)りなること、啓蒙(けいもう)にこれを弁ずるが如し。

一 太宗(たいそう)

啓蒙五・五十六、また同第十・六十六。

一 (ぼう)(しょう)(こう)()文。

  神肪(じんぼう)()(じょう)普光(ふこう)窺基(きき)なり。宋僧伝第四巻に、窺基は即ち()(おん)大師なりと。これ(すなわ)ち玄奘の付嘱を受けて大慈恩寺に住する故なり。

一 ()四十五(三十七)

  報恩抄上二十にいう「人王第三十七代・孝徳天王の御宇(ぎょう)に三論宗・華厳(けごん)宗・法相(ほっそう)宗・倶舎(くしゃ)宗・(じょう)(じつ)宗わたる」とは、この御宇に(どう)(しょう)等これを渡すなり。今「四十五代」等とは、この御宇に(げん)(ぼう)これを渡すなり。総じて法相宗は四度の伝来これあり。故に(まさ)(つぶさ)には「(にん)(のう)三十七代・孝徳天皇の御宇(ぎょう)より人王四十五代聖武天皇の御宇までに道慈(どうじ)、道昭等(これ)を渡す」と云うべし云云。「等」とは(げん)(ぼう)を等取するなり。

一 道慈(どうじ)

  釈書二・十四。「道昭」は釈書一・七。「(やま)階寺(しなてら)」は即ち興福寺なり。釈書二十八・十。

一 決定性(けつじょうしょう)二乗(にじょう)

  法相宗の五性(ごしょう)(かく)(べつ)とは、一には声聞乗(しょうもんじょう)(しょう)、二には僻支仏(びゃくしぶつ)(じょう)(しょう)、三には如来(にょらい)(じょう)(しょう)、四には不定(ふじょう)(じょう)(しょう)、五には無性(むしょう)有情(うじょう)等云云。無性の有情とは一闡提(いっせんだい)の事なり。秀句上末二十八、太平抄三十四・四十。

           つづく
開目抄愚記 上 目次



by johsei1129 | 2015-07-01 22:41 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
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