人気ブログランキング |

日蓮大聖人『御書』解説

nichirengs.exblog.jp
ブログトップ
2015年 06月 22日

日蓮大聖人が晩年の病状をおして、我が子五郎殿を失った上野殿母御前を激励した書【上野殿母御前御返事】

【上野殿母御前御返事(所領抄)】
■出筆時期:弘安四年(西暦1281年)十二月八日 六十歳 御作。
■出筆場所:身延山中 館にて。
■出筆の経緯:本抄は、前年の九月五日に我が子五郎殿(南条時光の弟)を失った、上野殿母御前からご供養の品々を送られたことへの返書となっております。本抄は大聖人が御遷化される約十ヶ月前に書かれたおり、「やせやまい」で体が衰えていることを率直に記されているとともに、そのなかで「この事はあまりになげかしく候へば、ふでをとりて候ぞ。これも、よも(日蓮も)、ひさしくもこのよに候はじ、一定五郎殿にいきあいぬと、をぼへ候。母よりさきにけさん(見参)し候わば、母のなげき申しつたへ候はん」と記し、もし日蓮が母御前より先にあの世に行き五郎殿に会ったならば、あなたの今の子を思う気持ちを伝えましょうと、励まされております。
■ご真筆:富士大石寺 所蔵

[上野殿母御前御返事(所領抄) 本文]

 乃米(しらよね)一だ・聖人(すみざけ)一つつ・二十ひさげか・かつかう・ひとかうぶくろ(紙袋)おくり給び候い了んぬ。
このところの・やう、せんぜんに申しふり候いぬ。さては去ぬる文永十一年六月十七日この山に入り候いて今年十二月八日にいたるまで、此の山・出ずる事一歩も候はず、ただし八年が間、やせやまいと申し、としと申し、としどしに身ゆわく・心をぼれ候いつるほどに、今年は春より此のやまい・をこりて秋すぎ・冬にいたるまで日日をとろへ、夜夜にまさり候いつるが・この十余日はすでに食も・ほとをととどまりて候上、ゆきはかさなり・かんはせめ候、身のひゆる事石のごとし・胸のつめたき事氷のごとし。しかるに・このさけ(酒)はたたかに・さしわかして、かつかうを・はたと・くい切りて一度のみて候へば、火を胸に・たくがごとし、ゆに入るににたり、あせ(汗)に・あか(垢)あらい・しづくに足をすすぐ。

此の御志は、いかんがせんと・うれしくをもひ候ところに、両眼より・ひとつのなんだを・うかべて候。
まことや・まことや・去年(こぞ)の九月五日こ五郎殿のかくれにしは・いかになりけると・胸うちさわぎて・ゆびををりかずへ候へば、すでに二ケ年十六月四百余日にすぎ候が、それには母なれば御をとづれや候らむ、いかに・きかせ給はぬやらむ。ふりし雪も又ふれり・ちりし花も又さきて候いき、無常ばかり・またも・かへりきこへ候はざりけるか、あらうらめし・あらうらめし余所にても・よきくわんざ(冠者)かな、よきくわんざかな・玉のやうなる男かな男かな、いくせ・をやのうれしく・をぼすらむと見候いしに、満月に雲のかかれるが・はれずして山へ入り、さかんなる花のあやなく・かぜのちらせるがごとしと・あさましくこそをぼへ候へ。

日蓮は所らうのゆへに、人人の御文の御返事も申さず候いつるが、この事は・あまりになげかしく候へば・ふでをとりて候ぞ。これも・よも・ひさしくも・このよに候はじ。一定五郎殿にいきあいぬと・をぼへ候、母よりさきに・けさんし候わば母のなげき申しつたへ候はん。事事又又申すべし、恐恐謹言。

十二月八日              日 蓮 花押
上野殿母御前御返事

by johsei1129 | 2015-06-22 21:12 | 南条時光(上野殿) | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://nichirengs.exblog.jp/tb/24165612
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。


<< 法華経を頼み詣らせ候へば(略)...      開目抄愚記 上二三 >>