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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 06月 14日

開目抄愚記 上二三


 問う、また啓蒙に云く「諸文の中に通じて一部を
(たん)じ、一一の文文是れ真仏等と云う。是れ元来一致を示すなり」と云云。この義如何(いかん)

答う、これ権実相対、一往(いちおう)の判釈なり。

問う、本迹決疑抄上三十九に云く「宗祖、諸宗無得道の弘通(ぐつう)()って種種の大難を(こうむ)る。其の功、竜樹・天台に超えたること、皆権実相対の法門に()る。故に権実相対、本迹相対、共に再往の実義なり」と云云。この義如何。

 答う、権実相対一往とは、(ただ)ちに今経の法相(ほっそう)に約す。(いわ)く、権実相対の日は(ただ)()(ぜん)に望んで通じて今経を歎ずるのみ。今経の中に於て(いま)だ本迹を判ぜず。故に義、()(きょう)(あら)ず、故に一往というなり。()し蓮師の所用(しょゆう)に約せば、佐渡已前は(もっぱ)ら権実相対を用う。これ蓮祖の本意に非ず。故に一往というなり。(いわん)や諸宗の中にも禅・念仏を破し、多く権実相対の法門を用うるをや。若し天台(てんだい)・真言の二宗を破するには、多く本迹相対の法門を用う。何ぞ(みな)権実等に()るというや是一。

  (いわん)()が祖、その功、竜樹(りゅうじゅ)天台(てんだい)等に()ゆる所以(ゆえん)(ただ)()く種々の大難を(しの)ぶのみに(あら)ず、また能く本門三箇の秘法を弘通(ぐつう)する故なり。

  この故に報恩抄に三箇の秘法を釈し(おわ)って云く「此の功徳は伝教・天台にも越へ竜樹・迦葉(かしょう)にもすぐれたり」と云云。

  また撰時抄上二十三に云く「南無妙法蓮華経と一切衆生にすすめたる人一人もなし、()の徳はたれか一天に眼を合せ四海に肩をならぶべきや」と云云。

  何ぞ(みな)権実等に()るというや是二。

  (いわん)や佐渡已前に禅・念仏を破するは(ただ)これ序分なり。

  故に清澄寺(せいちょうじ)二十・三十九に云く「真言宗は法華経を失う宗なり、是は大事なり()ず序分に禅宗と念仏宗の僻見(びゃっけん)を責めて見んと思ふ」と云云。

  序分(あに)一往に非ずや是三。

  (しん)李斯(りし)()えることあり。臣聞く、強を以て弱を()つは、勇士の土を払うが如く功と()すに()らずと云云。(しか)るに禅・念仏は実にこれ弱敵なり。何ぞ彼を破するを以て本意と()んや。

  当抄十に云く「六宗・七宗等にもをよばず、いうにかい(甲斐)なき禅宗・浄土宗」と云云。是四。

  況や(にっ)(ちょう)・日講等、常に一往(いちおう)勝劣、再往(さいおう)一致という。(しか)るに今、権実相対、本迹相対、(とも)に再往の実義なりと云云。(あに)自語(じご)相違に非ずや。手を()って笑うべし是五。


 つづく



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by johsei1129 | 2015-06-14 18:11 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)


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