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日蓮大聖人『御書』解説

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2017年 09月 17日

七十三、化儀をたすくる人

日蓮はこのあと、弟宗長に『あまりにたうとくうれしき事なれば申す』と記した手紙をおくっている。日蓮は病身だったが、書かずにはいられなかった。


 とのばら二人は上下こそありとも、(殿)のだにも()()かく、心()がり、道理をだにもしらせ給わずば、(右衛)もん()大夫(たいふの)(さかん)殿はいかなる事ありとも、()やのかんだ(勘当)ゆる()べからず。()もん(衛門)()いう()は法華経を信じて仏になるとも、()やは法華経の行者なる子をかん()()うして地獄に()つべし。(殿)のは()にと()やとを()んずる人になりて、堤婆達多が()うにをはすべかりしが、末代なれども、()しこき上、欲なき身と生まれて三人ともに仏になり給ひ、()()た、()ゝかたの()いをも( 救)くひ給ふ人となり候ひぬ。又(殿)のゝ御子息等も()への代は()かうべしとをぼしめせ。

此の事は一代聖教をも引きて百千まい()()くとも、()くべしとはをもわねども、やせ()()まいと申し、身もくる()しく候へば、事々申さず。あわれあわれ、いつかげざん(見参)に入りて申し候はん。又むかいまいらせ候ひぬれば、あまりのうれ()しさに、かた()られ候はず候へばあらあら申す。よろづは心にすい()しはからせ給へ。女房の御事同じくよろこぶと申させ給へ。恐々謹言  『兵衛志殿御返事


面会したならば、あまりのうれしさに言葉がでないであろうという。感激がよく伝わっている。

宗長を突き放したかにみえた日蓮だが、むろん内心はちがう。劇的な改心を求めるためにわざと突き放した。

日蓮は晩年、弟子に法華経を講義し、それを日興上人が書き留めた御義口伝()で、次のように口伝している。

信解(しんげ)品六箇の大事 第四(しん)()悔恨(けこん)の事

日本国の一切衆生は子の如く日蓮は父の如し、法華不信の(とが)()つて無間大城に()ちて返つて日蓮を(うら)みん、又日蓮も声も(おし)まず法華を()つ可からずと云うべきものを霊山(りょうぜん)にて(くい)ること之れ有る可きか

()日本国の衆生は法華経を信じないで無間地獄に落ちて日蓮を恨むであろう、しかし日蓮とて声も惜まず法華を捨つ可からずと云うべきだったと悔いることであろう。

日蓮は、一度は法華経に帰依(きえ)した宗長が法華経を捨て無間地獄に落ちることは、自分自身が悔いることにもなると、声も惜しまず「法華を捨つ可からず」と宗長に説いたのだった。

では兄宗仲への思いはどうだったろう。

日蓮は最後まで強信だった兄に、なかば尊敬をこめて書をおくる。

当今は末法の始めの五百年に当たりて候。かゝる時刻に上行菩薩御出現あって、南無妙法蓮華経の五字を日本国の一切衆生にさづ()け給ふべきよし経文分明なり。又流罪死罪に行はるべきよし明らかなり。日蓮は上行菩薩の御使ひにも似たり、此の法門を弘むる故に。神力品(じんりきぼん)に云わく「日月の光明の()く諸の(ゆう)(みょう)を除くが如く、()の人世間に行じて能く衆生の闇を滅す」等云云、此の経文に斯人(しにん)(ぎょう)世間(せけん)(いつつ)の文字の中の人の字をば誰とか(おぼ)()す、上行菩薩の再誕の人なるべしと覚えたり、経に云く「我が滅度の後に(おい)(まさ)()の経を受持すべし、是の人仏道に於て(けつ)(じょう)して(うたがい)有ること無けん」云云。貴辺も上行菩薩の化儀をたすくる人なるべし」 『右衛門太夫殿御返事


兄宗仲を「上行菩薩の化儀をたすくる人」と称えている。

日蓮は(ごう)(じょう)な信徒には、自分の胸中をあますところなく吐露している。

このあと弟宗長にあてた手紙に、日蓮自身が愚痴をこぼす珍しい消息がある。

内容は身延山に隠棲したはずなのに、来客がひっきりなしにあり、とてもおちつけないという。弟子も多いときには六十人いて騒がしいばかりだという。そんな嬉しさ半分の内心のいらいらをユーモアたっぷりにつたえている。

其の上兄弟と申し、右近の尉の事と申し、食もあいついで候。人はなき時は四十人、ある時は六十人、いかに()き候へども、これにある人々のあに()とて出来し、舎弟(しゃてい)とてさしいで、しきひ(敷居)候ひぬれば、かゝはやさにいか(如何)にとも申しへず。心にはしづ()かにあじち(庵室)むすびて、小法師と我が身計り御経よみまいらせんとこそ存じて候に、かゝるわづ()らわしき事候はず。又と()あけ候わばいづくへも()げんと存じ候ぞ。かゝるわづらわしき事候はず。又々申すべく候。

なによりも()()んの大夫(たゆう)(さかん)(殿)のとの御事、( 父)ゝの御中と申し、上のをぼへと申し、面にあらずば申しつくしがたし。恐々謹言。 『兵衛志殿御返事


このようなうちとけた内容の手紙はめったにない。兄弟にあてた手紙だからこそ安心してしるしたのであろう。すこしおどけけた感もある。兄弟の(ごう)(しん)をいかによろこんでいるかがわかる。

日蓮は在家の信徒に自身の内証を明かすことはまれだった。

法華経の根本については極めて厳格だったが、自身の立場については常に控えめだった。

信徒へは、日蓮は殺生を生業とする漁師を父に持ち、一族の王子として生まれた釈尊とは異なり、最下層のスードラの身であると手紙で記している。

いっぽう弟子に対しては前述の御義口伝で説く。

 信解品六箇の大事 
第二捨父(しゃぶ)逃逝(じょうぜい)の事 
<
中略>御義口伝に云く父に於て三之れ有り、法華経・釈尊・日蓮是なり。法華経は一切衆生の父なり、此の父に背く故に流転(るてん)凡夫(ぼんぷ)となる。釈尊は一切衆生の父なり、此の仏に(そむ)く故に(つぶ)さに諸道を()ぐるなり。今日蓮は日本国の一切衆生の父なり

 このように釈尊と並んで本仏であるという内証を口伝している。

日蓮は不用意に内証を信徒に語ることにより、いわば良観のように生き仏などと神格化され、釈尊の説いた極説中の極説である法華経への信仰が損なわれることを危惧(きぐ)していた。
 たとえば
()()教信という強信徒がいる。富木常忍と同じく
下総(しもうさ)国の豪族、千葉氏の家臣で、教養も相当高かった思われ、日蓮は曾谷教信への手紙は楷書の漢文でしたためている。この曾谷教信は、日蓮が法華経の(かなめ)は方便品と寿量品で、本迹でたて分けると方便品は迹門で寿量品が本門であると説いたのを自己流に解釈、迹門である方便品は読誦せす、寿量品だけ読誦するとした。これを知った日蓮は自ら方便品を書写して教信に送り、方便品も読誦せよと諭している。

日蓮は信徒に対しては、終生法華経の行者、もしくは上行菩薩に先駆けて妙法を広めるという言葉で自分の立場を表現していた。唯一の例外と言えるのが、日蓮が滅度する年、弘安五年の四月八日に太田金吾に宛てた「三大秘法稟承事()」である。この書で日蓮は次のように説いている。

 <前略> 此の三大秘法は二千余年の当初(そのかみ)、地涌千界の上首として日蓮(たし)かに教主大覚世尊より()(けつ)せし相承なり。今日蓮が所行は霊鷲山の稟承(ぼんじょう)()()(ばか)りの相違なき、色も替はらぬ寿量品の事の三大事なり。

問ふ一念三千の(まさ)しき証文如何。答ふ。次に申し出すべし。此に於て二種有り。方便品に云はく「諸法(しょほう)実相(じっそう)所謂(しょい)諸法(しょほう)(にょ)是相(ぜそう)乃至(ないし)欲令(よくりょう)衆生(しゅじょう)開仏(かいぶつ)知見(ちけん)」等云云。底下(ていげ)の凡夫理性所具の一念三千か。寿量品に云はく 「然我実(ねんがじつ)成仏(じょうぶつ)已来(いらい)無量無辺」等 云云。大覚世尊久遠実成の当初(そのかみ)証得の一念三千なり。今日蓮が時に感じ此の法門広宣流布するなり。()年来(としごろ)己心に秘すと雖も此の法門を書き付けて留め置かずんば、門家の(ゆい)(てい)等定めて無慈悲の讒言(ざんげん)を加ふべし。其の後は何と悔ゆとも叶ふまじきと存する間、貴辺に対し書き(のこ)し候。一見の後、秘して他見有るべからず、口外も(せん)無し。法華経を諸仏出世の一大事と説かせ給ひて候は、此の三大秘法を含めたる経にて渡らせ給へばなり、秘すべし秘すべし。

 弘安五年卯月(うづき)八日           日 蓮 花 押
 太田金吾殿御返事

 文末では「
一見の後、秘して他見有るべからず、口外も詮無し」と厳命している。日蓮は自分の内証は、自身が滅度した後、日本の広布を担う後世の弟子・信徒のためにこそ明らかにすべきだと確信していた。

 池上騒動の四年後の弘安五年十月十三日、日蓮は長男宗仲の館で世を去る。武蔵の国、今の東京都大田区池上である。
 当初日蓮は病気療養のため、常陸の湯へ行く目的で身延を出た。途中、宗仲の館にとどまり、立正安国論の生涯最後の講義をし、宗仲の館を終焉の地としたのは奇遇というより、宗仲の日蓮を尊ぶ、その思いの強さ故であろうと思われる。
 池上宗仲は日蓮が遷化すると、妙法蓮華経一部二十八品の全文字数にあわせ六万九千三八四坪を法華宗の寺領として寄進する。日蓮が定めた六老僧の一人で、宗仲のいとこでもあるといわれている日朗がこの寺院を継承、以来「池上本門寺」と称されている。
 この池上本門寺には日蓮が池上兄弟に宛てた「兄弟抄」などの真筆が現在も残されている。

(

         七十四、疫病国土を襲う   につづく


下巻目次



by johsei1129 | 2017-09-17 18:24 | 小説 日蓮の生涯 下 | Trackback | Comments(0)
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