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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 10月 21日

能く法華を持つ者は亦衆生の中の第一なり、と説いた【大田殿許御書】

【大田殿許御書】
■出筆時期:文永十二年(西暦1275)一月二十四日 五十四歳御作
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■出筆の経緯:本抄は幕府問注所の役人で、強信徒の大田乗明にあてた書で、特に法華経と真言宗の勝劣について詳細に論じている。大聖人は「所詮、天台伝教の如き聖人、公場に於て是非を決せず明帝桓武の如き国主之を聞かざる故か」と記し、天台伝教でさえその勝劣は明確にしていないと断じている。さらに「能く法華を持つ者は亦衆生の中の第一なり」と記し「予が門家等深く此の由を存ぜよ、今生に人を恐れて後生に悪果を招くこと勿れ」と諭されておられる。
■ご真筆: 中山法華経寺蔵(重要文化財)
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[真筆箇所本文:
新春之御慶賀
自他幸甚々。
抑俗諦・眞諦之中以
勝負爲詮 世間・出世
以甲乙爲先歟。而諸經諸
宗勝劣三國聖人共存
之 兩朝群賢同知之歟。
法華經大日經天台宗眞言宗
勝劣月支日本未辯之
西天東土不明物歟。所詮]

[大田殿許御書 本文]

 新春の御慶賀自他幸甚幸甚。
抑俗諦・真諦の中には勝負を以て詮と為し世間・出世とも甲乙を以て先と為すか、而るに諸経・諸宗の勝劣は三国の聖人共に之を存し両朝の群賢同じく之を知るか、法華経と大日経と天台宗と真言宗との勝劣は月支・日本未だ之を弁ぜず西天・東土にも明らめざる物か、所詮・天台伝教の如き聖人・公場に於て是非を決せず明帝桓武の如き国主之を聞かざる故か、所謂善無畏三蔵等は法華経と大日経とは理同事勝等と慈覚・智証等も此の義を存するか、弘法大師は法華経を華厳経より下す等此等の二義共に経文に非ず同じく自義を存するか将(は)た又慈覚・智証等・表を作つて之を奏す申すに随つて勅宣有り、聞くが如くんば真言・止観両教の宗をば同じく醍醐と号し倶に深秘と称す乃至譬えば猶人の両目・鳥の雙翼(そうよく)の如き者なり等云云、又重誡の勅宣有り・聞くが如くんば山上の僧等専ら先師の義に違して偏執の心を成ず殆んど以つて余風を扇揚し旧業を興隆することを顧みず等云云、余生れて末の初に居し学諸賢の終りを禀(う)く慈覚・智証の正義の上に勅宣方方之れ有り疑い有るべからず一言をも出すべからず然りと雖も円仁・円珍の両大師・先師伝教大師の正義を劫略して勅宣を申し下すの疑い之れ有る上・仏誡遁れ難し、随つて又亡国の因縁・謗法の源初(げんしょ)之れに始まるか、故に世の謗を憚からず用・不用を知らず身命を捨てて之を申すなり。

 疑つて云く善無畏・金剛智・不空の三三蔵・弘法・慈覚・智証の三大師二経に相対して勝劣を判ずるの時或は理同事勝或は華厳経より下る等云云、随つて又聖賢の鳳文(ほうぶん)之れ有り、諸徳之を用いて年久し此の外に汝一義を存して諸人を迷惑し剰さえ天下の耳目を驚かす豈増上慢の者に非ずや如何、答えて曰く汝等が不審尤最もなり如意論師の世親菩薩を炳誡(へいかい)せる言は是なり、彼の状に云く「党援の衆と大義を競うこと無く群迷の中に正論を弁ずること無かれと言い畢つて死す」云云、御不審之れに当るか、然りと雖も仏世尊は法華経を演説するに一経の内に二度の流通之れ有り重ねて一経を説いて法華経を流通す、涅槃経に云く「若し善比丘あつて法を壊る者を見て置いて呵責し駈遣し挙処せずんば当に知るべし是の人は仏法の中の怨なり」等云云、善無畏・金剛智の両三蔵・慈覚・智証の二大師大日の権経を以つて法華の実経を破壊せり。

 而るに日蓮・世を恐て之を言わずんば仏敵と為らんか、随つて章安大師末代の学者を諌暁して云く「仏法を壊乱するは仏法の中の怨なり慈無くして詐わり親しむは是れ彼の人の怨なり能く糾治する者は即ち是れ彼が親なり」等云云、余は此の釈を見て肝に染むるが故に身命を捨てて之を糾明するなり。

 提婆菩薩は付法蔵の第十四・師子尊者は二十五に当る或は命を失い或は頭を刎らる等是なり、疑つて云く経経の自讃は諸経・常の習いなり、所謂金光明経に云く「諸経の王」密厳経の「一切経中の勝」蘇悉地経に云く「三部の中に於て此の経を王と為す」法華経に云く「是れ諸経の王」等云云、随つて四依の菩薩・両国の三蔵も是くの如し如何、答えて曰く大国・小国・大王・小王・大家・小家・尊主・高貴・各各分斉有り然りと雖も国国の万民・皆大王と号し同じく天子と称す詮を以つて之を論ぜば梵王を大王と為し法華経を以て天子と称するなり、求めて云く其の証如何、答えて曰く金光明経の是諸経之王の文は梵釈の諸経に相対し密厳経の一切経中勝の文は次上に十地経・華厳経・勝鬘経等を挙げて彼彼の経経に相対して一切経の中に勝ると云云、蘇悉地経の文は現文之れを見るに三部の中に於て王と為す等云云、蘇悉地経は大日経・金剛頂経に相対して王と云云、而るに善無畏等或は理同事勝或は華厳経より下ると等云云、此れ等の僻文は螢火を日月に同じ大海を江河に入るるか。

 疑つて云く経経の勝劣之れを論じて何か為ん、答えて曰く法華経の第七に云く「能く是の経典を受持する者有れば亦復是くの如し一切衆生の中に於て亦為第一なり」等云云、此の経の薬王品に十喩を挙げて已今当の一切経に超過すと云云、第八の譬・兼ねて上の文に有り所詮仏の意の如くならば経の勝劣を詮ずるのみに非ず法華経の行者は一切の諸人に勝れたるの由之れを説く、大日経等の行者は諸山・衆星・江河・諸民なり、法華経の行者は須弥山・日月・大海等なり、而るに今の世は法華経を軽蔑すること土の如し民の如し真言の僻人等を重崇して国師と為ること金の如し王の如し之に依つて増上慢の者・国中に充満す青天瞋を為し黄地夭孼(おうじようけつ)を致す涓聚(したたり・あつま)りて墉塹(ようせん)を破るが如く民の愁い積りて国を亡す等是なり、問うて曰く内外の諸釈の中に是くの如きの例之れ有りや、答えて曰く史臣呉競(ごきょう)が太宗に上(たてま)つる表に云く「竊(ひそ)かに惟れば太宗文武皇帝の政化・曠古(こうこ)より之れ求むるに未だ是くの如くの盛なる者有らず唐尭・虞舜・夏禹・殷湯(いんとう)・周の文武・漢の文景と雖も皆未だ逮(およ)ばざる処なり」云云、今此の表を見れば太宗を慢ぜる王と云う可きか政道の至妙・先聖に超えて讃ずる所なり、章安大師天台を讃めて云く「天竺の大論尚其の類に非ず真丹の人師何ぞ労く語るに及ばん此れ誇耀に非ず法相の然らしむるのみ」等云云、従義法師重ねて讃めて云く「竜樹・天親未だ天台には若かず」伝教大師自讃して云く「天台法華宗の諸宗に勝るることは所依の経に拠るが故に自讃毀他ならず庶(こいねがわ)くば有智の君子経を尋ねて宗を定めよ」云云、又云く「能く法華を持つ者は亦衆生の中の第一なり已に仏説に拠る豈自讃ならんや」云云、今愚見を以つて之を勘うるに善無畏・弘法・慈覚・智証等は皆仏意に違うのみに非ず或は法の盗人或は伝教大師に逆える僻人なり、故に或は閻魔王の責を蒙り或は墓墳無く或は事を入定に寄せ或は度度・大火・大兵に値えり権者は辱を死骸に与えざる処の本文に違するか、疑つて云く六宗の如く真言の一宗も天台に落たる状之れ有りや、答う記の十の末に之を載せたり、随つて伝教大師・依憑集を造つて之を集む眼有らん者は開いて之を見よ、冀哉(ねがわしきかな)末代の学者妙楽・伝教の聖言に随つて善無畏・慈覚の凡言を用ゆること勿れ、予が門家等深く此の由を存ぜよ、今生に人を恐れて後生に悪果を招くこと勿れ、恐恐謹言。

正月廿四日               日 蓮  花押
大田金吾入道殿

by johsei1129 | 2019-10-21 18:08 | 大田乗明・尼御前 | Trackback | Comments(0)
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