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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 06月 05日

開目抄愚記 上十七

一 法界(ほうかい)(えん)(ゆう)

  華厳は(もっぱ)唯心(ゆいしん)法界円融無礙(むげ)を明かすなり。(まさ)に知るべし「法界円融」はこれ所歎なり。「(とん)(ごく)微妙(みみょう)」はこれ能歎なり。若し(しばら)く文を配せば法界頓極、円融微妙なり。次に「()といひ()といひ」等とは末師の如くこれ上を結するなり

一 顕現(けんげん)自在力

旧華厳五十六・十紙の文なり。「是れ則ち過去不可思議世界(かい)塵劫(じんこう)(その)(かみ)善光劫(ぜんこうごう)の時、宝光世界に十千の仏出現したまえり。()の時、可愛楽城の大王勝光(しょうこう)(おう)の太子を善伏(ぜんぷく)太子と名づく。或る時、太子(みずか)牢獄(ろうごく)の者を免ず。此の(とが)に依るを以ての故に大王、太子を(ころ)んと欲す。而るに(きさき)の願に依って十五日を延ばすことを得て、諸の功徳を修む。所期の日(すで)に尽きて、(まさ)刑戮(けいりく)の処に至らんとす。()の時、法輪(ほうりん)音声(おんじょう)虚空(こくう)(とう)如来、彼の所に往詣(おうけい)し、自在力を顕現して円満経を演説す」等云云。

一 一部六十巻

  即ちこれ旧訳(くやく)の経なり。若し新訳は一部八十巻なり。竹十・五十。

一 心仏及衆生の文乃至肝要(かんよう)とこそ申し候へ

  旧華厳(けごん)第十一十紙の文なり。華厳宗の意は、我一念を()ぐるに心仏衆生を収めて渾然(こんぜん)として(おもむき)(ひと)しうす等云云。

法相宗の意は、諸大乗の極理(みな)これ唯識(ゆいしき)の妙理なり。(いわ)く、華厳の心仏衆生、法華の一大事因縁等、皆これ唯識の法門なり等云云。

三論宗の意は、華厳の(さん)無差別(むしゃべつ)、法華の諸法実相、皆これ非権非実の妙理なり。故に彼の宗は諸大乗教見道無異(むい)というなり。

真言宗の意は、華厳の三無差別は即ち大日経の(じん)(じん)無相法に同じと云云。

天台宗には南岳(なんがく)(すで)にこの文を引き、心仏衆生の三法妙を釈す。天台、この義を()(ゆう)す。(いわん)(えん)(どん)止観(しかん)の己界及び仏界、衆生界もまた(しか)り等、またこの文に()る。況や(また)心造無差の文を引いて千如の妙境を証するをや。(あに)肝要とするに非ずや。

一 此等程等

  次上は経の円融を歎じ、この下は正しく()(じょう)を明かすなり。

一 三処まで始成正覚(しょうかく)文。

  記九本に云く「一経の内に三処の明文あり。世主品の初め、名号(みょうごう)品の初め、十定品の初めに皆、菩提道場に於て始成正覚すと云う」と云云。

一 二乗(にじょう)闡提(せんだい)・不成仏等

  問う、今既に本迹相対の判釈なり。何ぞまた二乗闡提(せんだい)の不成仏を挙ぐるや。

  答う、文通意別なり。(いわ)く、上には通じて彼の経の円融を(たん)ず。今は(かえ)って通じて彼の経の(とが)を挙ぐ。故に文は通じて二乗不成仏等を挙ぐと(いえど)も、意は別して始成正覚に()り。諸文に例多し、何に(さまたげ)あらんや。

(しか)るに啓蒙(けいもう)に云く「大段に今経の二門を以て()(ぜん)に対弁する故に、今久成の下にも(また)二乗闡提の不成仏を挙ぐるなり」と云云。この意は(なお)二には教主釈尊」の下の文を以て、通じて権実相対の判釈と為すか。(なお)盲虫の如し。(いか)()ぞ道を論ぜん云云。

一 阿含(あごん)(ほう)(とう)文。

  この下は次に三味、また二あり。初めに通じて示し、次に「(ぞう)阿含」の下は別して明かす云云。

一 雑阿含経

 第十四巻十二、十七・二十二に()でたり。

一 大集経

  第一巻二紙、玄私十四十に云く「大集に第十六年と云うと(いえど)も、理は(まさ)()(さき)の十二年の後なるべし。第十三、四、五年に()(ほう)(とう)経を説く」と文。

一 浄名(じょうみょう)

  註維摩(ゆいま)経の第一巻十九に云く「始め仏、樹に()って(つと)めて魔を(くだ)す」と文。(しか)るに今文に「四魔を(こう)(ふく)す」といえるは、恐らく次下の大日経の次句を以て伝写(あやま)って(ここ)に書くか。大日経第二具縁品第二余初に云く「我(むかし)、道場に座して四魔を降伏す」と云云。

一 大日経に云く

  当に知るべし、大集・浄名・大日経は並びにこれ方等なり。

  問う、次上の文に云く「阿含・方等・般若(はんにゃ)・大日経」等云云。(すで)に方等の外に大日経を()ぐるは如何(いかん)

  答う、佐渡已後の所破、別して意は真言に在り。故に別して「大日経」等というなり。宗祖の意は大日経を以て方等部に摂するなり。この義、(もと)唐決下三十九に出でたり。(つぶさ)御書三十五・二十二の如し。

           つづく


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by johsei1129 | 2015-06-05 23:28 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)


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