人気ブログランキング |

日蓮大聖人『御書』解説

nichirengs.exblog.jp
ブログトップ
2015年 05月 17日

開目抄愚記 上十一

第十一段 一仏二言難信の相

一 法華経の現文(げんもん)

この下は(しゃく)、二あり。初めに権迹相対、次に「二には教主」の下は本迹相対なり。初めの権迹相対の文を分ちて三と為す。初めに正しく明かし、次に「(ただ)在世は」の下十九は滅後の難信、三に「此の法門は迹門と()(ぜん)と相対して」の下は結なり。初めの正しく明かすにまた二あり。初めに列名(れつみょう)略示(りゃくじ)、次に「()の故は仏」の下は広く一仏二言難信の相を明かす。

一 此等の人人等

  次上は列名なり。この下は略して難信を示すなり。

一 其の故は(ぶつ)()(そん)

  この下は広く明かす。また三あり。()ず一仏実語の人なることを示し、次に「()の大人」の下は二言(にごん)相違を明かし、三に「(しか)るを後八年」の下は難信の相を示すなり。二言相違を明かす中に先ず迹門の意を挙げ、次に()(ぜん)の文を引く。

 

第十二段 爾前の(よう)不成仏の文を引く

一 (しか)れども爾前の諸経等

この下は爾前の永不成仏の七文を引く。第一に華厳(けごん)、第二の大集経、第三に維摩(ゆいま)経、第四に(ほう)(どう)陀羅尼(だらに)経、第五に大品(だいぼん)般若(はんにゃ)経、第六に首楞(しゅりょう)(ごん)経、第七に浄名(じょうみょう)経なり。

一 大方(だいほう)広仏(こうぶつ)

八十の華厳第五十一、如来出現品第三十七の二の文なり。華厳疏抄五十一・四十紙に経文を()せたり、註中所引の如し。これを以て釈の意を知るべきなり。

一 大集経

第二に大集経第十八巻、不可説菩薩品の第八・十七の文なり。「必ず死して()きず」とは本経に云く「必ず死して治せず」と云云。「(また)()くの如き」とは本経に「亦是くの如し」と云云。

一 二百五十戒。

朝抄(ちょうしょう)二・十七、三蔵法(さんぞうほっ)(すう)十二・二十六に云く「二百五十戒(おのおの)四威儀あり。故に一千を成じて三世に約す。故に即ち三千を成ずるなり」と。

一 ()(じょう)無漏(むろ)

根本()(ぜん)とは地々愛味を生ずる故なり。根本(じょう)(ぜん)とは六妙門十六特勝通明禅なり。無漏(むろ)(ぜん)とは(かん)(れん)(くん)(じゅ)なり云云。

一 阿含(あごん)経をきわめ

  阿含経を(きわ)むれば即ちこれ智慧なり。故に(かい)定慧(じょうえ)の三学なり。

一 第三(維摩)経等

第三に維摩経中十六の文なり。これ(すなわ)()()(そく)支謙(しけん)所訳の本なり。意(おだ)やかならず云云。若し什師(じゅうし)所訳の維摩経は第七・四紙に出でたり云云。

一 塵労(じんろう)(ともがら) 

貪瞋癡(とんじんち)を指して「塵労(じんろう)」と名づくるなり。塵はこれ六塵、労はこれ労倦(ろうけん)なり。塵に()って労を成ず。故に塵労と名づく。また塵はこれ(じん)(せん)、労はこれ労苦なり。染心(ごん)()す。故に塵労と名づく。即ちこれ依主(えしゅ)持業(じごう)の両釈なり。「(ともがら)」はまた「(ともがら)」に作る。楚辞(そじ)王逸(おういつ)が註に云く「二人を(ともがら)と為し、四人を儔と為す。通じて疇に作る」と云云。

                     つづく


開目抄愚記 上 目次



by johsei1129 | 2015-05-17 21:57 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://nichirengs.exblog.jp/tb/24018921
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。


<< 開目抄愚記 上十二      開目抄愚記 上十 >>