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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 05月 11日

開目抄愚記 上五 源、五常を識れば即ちこれ五戒なり。故に「即ち是れ仏法」というなり

一 かくのごとく(たくみ)に立つ等

 三に仏家の意を以て破会(はえ)を示す。また二あり。初めに破、次に「孔子(こうし)」の下は会なり。初めの破にまた二あり。初めに法を破し、次に「此等の(けん)(せい)」の下は人を破す云云。

一 (げん)とは(こく)なり(ゆう)なり

 文意に云く、過未(かみ)一分も知らず、然れば「玄」というも(ただ)現在のみなり。一義に云く、彼の玄を嘲弄(ちょうろう)して過未を知らざれば黒闇(こくあん)の故に玄という云云。「現在(ばか)りしれるににたり」とは、これ仏家の如く淵底(えんてい)(つく)してこれを知らざる故に「にたり」というなり。

一 仁義(じんぎ)を制して等

  ()十・二十紙に「制とは即ち道なり。即ち制とは(りゅう)()なり」と。

一 (けん)(のう)もこれを()して等

 「(あるい)は臣となし」とは、漢の恵の()(こう)を召し、武丁の傅説(ふえつ)を求めしが如し。「或は師とたのみ([為し])」とは、(ぶん)(のう)の太公望を得、(とう)王の伊尹(いいん)を尋ねしが如し。註千字中十七・八九。「或は位をゆづり」とは舜禹(しゅんう)等の如し。註千字上六、啓蒙(けいもう)二十八 九十。

一 周の()(おう)には()(ろう)きたりつかえ

 註に云く「五」の字は(おそ)らく(あやま)りならん。(まさ)に「二老」に作るべし。(いわ)く、(はく)()(たい)(こう)となり。孟子(もうし)の第七、文選(もんぜん)の第四の如し云云。

 問う、二老の文王に帰するは実に所引(しょいん)の文の如きも、伯夷(すで)に武王に(そむ)く。何ぞ「周の武王には二老来り(つか)う」というや。

 答う、恐らく「武王」を改めて「文王」に作るべし。若し(しか)らば応に周の文王に二老来り事うというべきなり。この例、(はなは)だ多し、(あや)しむべきに(あら)ざるなり。

一 後漢(ごかん)光武(こうぶ)

 文選五十初。

一 孔子が此の土に等

 この下は次に会を明かす中に三と()す。初めに初門と為すを明かし、次に「天台(てんだい)」の下は法を会し、三に「止観(しかん)」の下は人を会するなり云云。今、この「孔子」等の文は証前(しょうぜん)起後(きご)なり。

一 西方に仏図(ぶと)

 「仏図」は即ち仏陀(ぶつだ)なり。列子(れっし)上八十六仲尼(ちゅうじ)篇に「(きゅう)(ひろ)く学びて多く(しる)す。三王は()く智勇に任ず。()(てい)は善く仁義(じんぎ)に任ず。(さん)(こう)は善く時に()るに任ず。聖は(すなわ)ち丘も知らず。西方の人に聖なる者有り、治めざれども乱れず、言わざれども(おのずか)ら信あり、()せざれども自ら行われ、蕩々乎(とうとうこ)として民()く名づくること無し」云云と。(こう)()明集(みょうしゅう)第一にこの文を引いて云く「(ここ)()って以て言わば、孔子は深く仏の大聖なることを知れり」と云云。通鑑(つがん)集覧九に云く「列子に云く、西方に聖人有り、()の名を仏と曰う」等云云。

 故に知んぬ、仏を以て大聖人と名づくることを。名義集三・二十三。

一 (れい)(がく)等を教て

 止六・五十一に、礼楽等、(かい)定慧(じょうえ)(たす)くるの相を釈す。往いて見よ。

一 (みょう)(らく)大師云く

  ()六本八十六の文なり。

一 天台云く、(こん)光明(こうみょう)経に云く等

 止六・四十四の文なり。一切世間の善論は(もと)、仏教より()ず。故に「皆此の経に()る」というなり。世の五常の如きも(もと)、五戒より出ずるなり。故に源、五常を識れば即ちこれ五戒なり。故に「即ち(これ)仏法」というなり。これ法を会する文なり。

一 清浄法(しょうじょうほう)(ぎょう)

 儒者(じゅしゃ)は常にこの経を偽経というなり。

弘六・八十六にこの経を引き(おわ)って云く「諸の目録に(じゅん)ずるに皆此の経を推して以て疑偽と為す。文義(すで)に正なり。或は是れ失訳なり乃至今家の引ける所の像法決疑経、妙勝定等の意、(また)是くの如し。涅槃(ねはん)の後分の如きは(もと)偽目に()り。大唐に至って刋定(せんてい)して始めて正経に入れたり。(あに)時の人(いま)だ決せざるを以て便(すなわ)ち推して偽と()さんや。大師(まのあた)り証して(くらい)初依(しょえ)(いま)す。(まさ)(あやま)って用いたまうべからず」と文。甫註(ふちゅう)十四・十、儒仏(じゅぶつ)(わく)(もん)二十三、()いて見よ。

 (じゅ)(りん)第二十十一に云く「老子西舛(さいせん)経に云く、()が師は天竺(てんじく)化遊(けゆう)して()泥洹(ないおん)に入れり」等云云。(まさ)に知るべし、老子は既に「吾が師」と称し、孔子(こうし)は「西方の聖者」という。「我れ三聖を(つか)わして」の文、(あたか)()(けい)の如し。近代の黄雀(こうじゃく)大鵬(たいほう)の意を知らずして(みだり)雑言(ぞうごん)()く。悲しむべし、悲しむべし云云。

                   つづく


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by johsei1129 | 2015-05-11 22:31 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
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