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日蓮大聖人『御書』解説

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2017年 07月 17日

五十、日蓮、日妙に御本尊の下付を約束

 

 御本尊に題目を唱え終えると日蓮は皆に語った。

「この御本尊はこの佐渡の地で始めて図現しました。佐渡のご信徒の皆様は、ここの宝殿に掲げたこの御本尊に向かって南妙法蓮華経と唱えてくだされ。日妙聖人へは改めて授与いたしますので、しばしお待ちくだされ

 阿仏房夫妻は皆が一同に唱題する中で、代表して日蓮より厳粛に本尊を授かった。

 また日妙は、日蓮からご本尊の授与を約束され感謝の言葉を述べる。

私ごときに、大切なご本尊を与えていただけるとは感謝に耐えません。まことにありがとうございます。つぎにわたくしごとですが・・」

 日妙が言いよどむ。

「再婚のことですね」

 日蓮は日妙をさとす。

「いかなる男を夫にされても、法華経のかたきならば随ってはなりませぬ。いよいよ(ごう)(じょう)の志をたもつことだ。氷は水からつくるが水よりも冷たい。青きことは(あい)からでるが藍よりも色はまさる。おなじ御本尊にておわすれど、志をかさぬれば他人よりも色まさり、利生もあるのです」

 日妙は心から満足した。この日蓮の声を聞くために、千里をこえてやってきたのだ。踊りあがりたかった。

 それにしてもなんというお方であろう。流人の身でありながら、これほどまで弟子を思っていてくださるとは。

「上人様、わたしの心に迷いがなくなりました。空が晴れて地が明るくなったようです。持ちあわせの銭を使い果たした甲斐がございました」

 阿仏房がここで口をはさんだ。

「そのことじゃが。聞けば鎌倉に帰る手立てがないと聞いとりますがの」

 日妙は気丈だ。

「はい。ですがしばらくこちらでおつとめし、たくわえたいと存じます」

 ここで国府尼が日蓮に手をついた。

「上人様。おねがいでございます。日妙様の帰りの算段は、わたしども夫婦にさせてくだされ」

 国府尼がひもで通された銅銭を日蓮の前にさしだした。するとせきを切ったようにまわりの者も銭を前においた。

余談だが帰郷の費用はこれだけでは足りなかった。このため日蓮は家主の一の(さわ)入道に口添えし、用立してもらった。その際「法華経一部十巻」を渡す約束をしている。その時の経緯については建治元年、身延の草庵から一谷入道の女房に宛てられた『一谷入道女房御書』で次のように記している。

(もと)銭に利分を添えて返さんとすれば、又弟子が云く御約束(たが)ひなんど申す。(かたがた)進退(きわま)りて候へども人の思わん様は狂惑(おうわく)の様なるべし。力及ばずして法華経を一部十巻渡し奉る。入道よりもうばにてありし者は内内(ないない)(法華経に)心よせなりしかば是を持ち給へ。

:日蓮はいざ約束を果たそうとするが、未だ念仏信仰から抜けきらない一谷入道に法華経を送ることに躊躇(ちゅうちょ)する。かわりに利子をつけて金銭で返そうとすると、弟子に約束を破ることになると言われ、進退極まりない状態になった。入道の祖母が法華経に心をよせているとのことなので、この方に法華経を持たせてください。
 
 日妙親子が島をはなれ鎌倉に帰っていく。佐渡まで渡してくれたかつての船頭が、今度は佐渡から柏崎まで親子を船にのせた。

 来た時とはうってかわって大勢の人々が日妙親子を見送りにでた

「お前さんは偉いお方だったんですね」
 船頭はいささか罰が悪い。
「そんなことはありません。偉いのは、ほらそこに薄墨の法衣をまとっておられる日蓮上人様です」
 船がでた。

 日妙は日蓮の姿を目に焼き付けるように見続けた。これが最後かもしれないのだ。

 乙御前は船から落ちまいとしっかりと母の手を握りしめる。

 阿仏房老人が岸壁でこの様子を見ていた。彼は日妙の姿を見てつぶやいた。

「偉いおなごだのう。女人は愛する男をしのんで千里の道をたずね、石となり木となり鳥となり、蛇となったというが、日妙殿はそれ以上だ」

 この三年後、彼もまた日蓮を慕って海山をこえることになる。


 弟子のほとんどが「肝をけして」退転した中で、強盛な信心を見せる者があらわれた。師子は子を谷底に落として勇気を見るというが、勇敢にはいあがった弟子を見ることができたのである。その意志の強靭さは末法における妙法流布への日蓮の確信を、揺るぎないものにした。しかも日蓮への帰依を貫くために夫と別れ、幼い子を抱えた女性である。

 妙法の歴史の中で、名をはせた女性は少ない。日妙の(ごう)(しん)は、釈迦の養母で釈迦教団の最初の女性出家者(比丘尼(びくに))となった摩訶(まか)波闍(はじゃ)波提(はだい)(マハーパジャーパティ・)をも超えると日蓮は言う。

日蓮の日妙に対する思いはつぎの手紙につづられている。

(しか)玄奘(げんじょう)西天に法を求めて十七年、十万里にいたれり。伝教御()入唐(にっとう)(ただ)二年なり波涛(はとう)三千里をへだてたり。此等は男子なり、上古なり、賢人なり、聖人なり。いまだきかず女人の仏法をもとめて千里の道をわけし事を。竜女が即身成仏も、摩訶波闍波提比丘尼の記莂(きべつ)にあづかりしも、しらず権化(ごんげ)にやありけん。また在世の事なり。男子女人其の性(もと)より別れたり。火はあたゝかに水はつめたし。海人(あま)は魚をとるにたくみなり。山人は鹿をとるにかしこし。女人は淫事(いんじ)にかしこしとこそ経文にはあかされて候へ。いまだきかず、仏法にかしこしとは。

当に知るべし、須弥山(しゅみせん)をいたゞきて大海をわたる人をば見るとも、此の女人をば見るべからず。砂をむして飯となす人をば見るとも、此の女人をば見るべからず。当に知るべし、釈迦仏・多宝仏・十方分身の諸仏・上行無辺行等の大菩薩・大梵天王・帝釈・四王等、此の女人をば影の身にそうがごとくまぼり給ふらん。日本第一の法華経の行者の女人なり。ゆえに名を一つつけたてまつりて()(きょう)菩薩の義になぞらえん。日妙聖人等云云。

 相州鎌倉より北国佐渡国、其の中間一千里に及べり。山海はるかにへだて、山は峨々(がが)海は涛々(とうとう)、風雨時にしたがふ事なし。山賊海賊充満せり。すくすく(宿々)とまり(泊 )とまり()民の心虎のごとし犬のごとし。現身に三悪道の苦を()るか。其の上当世の乱世、去年より謀叛(むほん)の者国に充満し、今年二月十一日合戦、それより今五月のすゑ、いまだ世間安穏ならず。(しか)れども(ひとり)の幼子あり。あづくべき父もたのもしからず。離別すでに久し。かたがた筆もおよばず、心(わきま)へがたければとゞめ(おわ)んぬ。

文永九年太歳壬申五月二十五日       日蓮花押

 日妙聖人                      『日妙聖人御書』 


 権化とは仮にあらわれた姿をいう。竜女も摩訶波闍波提も女性ではあるが、釈迦在世のことであり、確かとはいえない。しかし今、日蓮の目の前にその女性があらわれた。 

 日蓮の賛嘆はとめどない。手紙の中で彼女を楽法梵(ぎょうぼうぼん)()にたとえ、釈迦菩薩にたとえ、薬王菩薩にたとえ不軽(ふきょう)菩薩にたとえている。
 これらの菩薩は命を捨てて仏法を求めた人々であった。日妙もまた同じであると。
 手紙の末尾は「かたがた筆もおよばず、心弁へがたければとゞめ了んぬ」と記し、妙聖人の求道心は、これ以上文字で表すことも、心で理解することも難しいので、ここで筆を止める、とまで言い切っている。

 幕府の弾圧で多くの信徒が退転する中、日妙の佐渡見参は女性の身でもこれほどの強い信仰を持てることを見せつけ、日蓮の魂を確実にゆさぶることになった。

 なお弘安三年(一二八〇)四月に、日妙に授与されたご本尊が、現在まで伝えられている。



      五十一、良観の陰謀 につづく 


中巻目次       

   

注 

摩訶波闍波提(マハーパジャーパティ) 
 仏伝によると、釈迦の生母マーヤーは釈迦誕生後七日で亡くなり、妹のマハーパジャーパティが養母となる。釈迦(しゃか)は成道六年後に釈迦族の王宮に里帰りをするが、その時一族の多くが釈迦の弟子として出家。マハーパジャーパティも何度も出家を願い出るが、女性は男性修行僧(比丘(びく))の修行の妨げになるとして釈迦はマハーパジャーパティの願いを拒絶する。それを取り持ったのが釈迦の従兄弟で、釈迦の従者(秘書)をしていた多聞第一の阿難(アーナンダ)
であった。阿難は釈迦に「あなたは全ての人は平等だと説かれました。女性でも出家し()八正道を実践すれば悟りを得られるのですね」と問うと、釈迦は「その通りだ」と答え「マハーパジャーパティはあなたの養母で恩ある方です。出家を許してください」と懇願、阿難の熱意にうたれ、ついに釈迦はマハーパジャーパティの出家を許す。ここに仏教で初めての女性修行僧(比丘尼)が誕生することになる。またマハーパジャーパティは妙法蓮華経序品第一では、六千人の比丘尼の筆頭として法華経説法の座に連なり、勧
持品第十三では釈尊より、未来世に「一切衆生喜見如来」となるとの記別を受ける。



by johsei1129 | 2017-07-17 15:01 | 小説 日蓮の生涯 中 | Trackback | Comments(2)
Commented by mytweet at 2018-05-10 15:09
「弘安三年(一二三〇)四月に、日妙に授与されたご本尊」???
日蓮大聖人の生誕は、1222年です。
Commented by johsei1129 at 2018-05-11 09:08
日蓮大聖人の生誕については下記にてご確認願います。
https://nichirengs.exblog.jp/25991189/
日妙聖人に授与されたご本尊については下記に基づいております。http://juhoukai.la.coocan.jp/mandara/086.html


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