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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 05月 05日

開目抄愚記 上三

一 五帝(ごてい)已後(いご)文。

 (ただ)ちに五帝より已後なり。五帝を除くに(あら)ず。実には「三皇已後」と言うべし。(しか)るに五帝とは文体然るべければなり。(いわん)や三皇已後は父母を知るの義、上の文に(おのずか)(あらわ)れたり。故に三皇・五帝を分って以て文章を(いろど)るなり。

一 重華(ちょうか)(かたくな)わしき父を敬い

 註三十・一に(ぎょう)(てん)を引く。註千字文上六に文(つぶさ)なり。往いて見よ。

 問う、尭(すなわ)ち二女を以て(しゅん)(めあわ)す。瞽叟(こそう)強くこれを(にく)むと(いえど)も、何ぞ舜をして(くら)()り、()穿(うが)たしむるや。況や両笠(りょうりゅう)(とく)(こう)以て信ずるに足らざるをや。

 答う、これ「(たと)い有りとも」の義なり。(いわ)く、(たと)()くの如き事ありとも()くこれを(まぬか)るべしとなり。これを以て()(こう)の志を顕すなり。直に舜を(りん)に塗り、(せい)穿(うが)たしむるに非ず云云。若し朝抄(ちょうしょう)一・五に報恩伝を引くが如くんば前後同じからず云云。

一 沛公(はいこう)(みかど)となつて大公(たいこう)を拝す

 史記(しき)八初、前漢書(ぜんかんじょ)一初、同一下七紙。

一 ()(おう)西伯(せいはく)を木像に造り

 これ(ぶん)(のう)を以て大将軍と()し、功を父に(すす)むるなり。史記四・四。
一 (てい)(らん)母形([母の)(形を)(きざ)刻む(めり])文。

 (もう)(きゅう)下五、朝抄一・六に孝子伝(こうしでん)を引く。()いて見よ。(まさ)に知るべし、此等の四人の父母を(うやま)うを以て孝の手本と為すことを。仲尼(ちゅうじ)云く「敬わずんば何を以てか(これ)を分たん」と云云。

 問う、何ぞ四人を()ぐるや。

 答う、文意(もんい)に云く、(なお)(かたくな)わしき父を敬う、(いわん)(なお)き父に於てをや。帝と()るも尚父を敬う、況やその已下をや。王すら尚功を父に(すす)む、況やその已降をや、幼稚(ようち)すら尚母を(した)う、況や長大なるをやと。

一 ()(かん)は(乃至)頚(頭)をはねらる

 史記三十・三、(いん)本紀云云、註千字上八に胸を()くと云云。

一 公演(胤)といゐし者は魏王(懿公)の(きも)をとって等

 「公演」はまた「(こう)(えん)」に作り、「魏王」は「懿公(いこう)」に作るべし。即ち報恩抄初の如し。(えい)の懿公は鶴を愛し、人を愛せざる故に(つい)に国を亡すなり。而るに弘演の忠心に()って(せい)(かん)(こう)、懿公の跡を立てたり。(つぶさ)に註中の如し。

一 伊尹(尹寿)は(ぎょう)(おう)の師

(いん)寿(じゅ)」に作るべし。註中を見るべし。その外啓蒙(けいもう)(つぶさ)なり。

一 此等を()(せい)とがうす

これは四師を指すなり。理惑(りわく)論に云く「四師は聖と(いえど)も」と云云。(いわん)や下巻三に「太公等の四聖」と云云。(ごん)の義は不可(ふか)なり。次下十三に云く、「外典(げてん)・三千余巻の(しょ)(せん)に二つあり乃至聖賢(せいけん)の二類は(こう)の家よりいでたり(いか)に況や仏法を学せん人・()(おん)報恩なかるべしや、仏弟子は必ず四恩しつて知恩報恩をいたすべし」と文。報恩抄初()(じょう)(こう)(えん)の事を引き(おわ)って云く「いかにいわうや仏教をならはん者父母・師匠・国恩をわするべしや」と文。「いかにいわうや」の文、これを思い合すべし。

一 此等の聖人等

 この下、次に所説の法を()げて所学の(そう)を示すなり。

一 三墳(さんぷん)・五典

 尚書(しょうしょ)(じょ)に云く「(さん)(こう)の書は(これ)を三墳と()い、大道と言うなり。()(てい)の書は之を五典と謂い、常道と言うなり」と文。「三史(さんし)」とは史記(しき)百三十巻前漢の司馬遷(しばせん)、前漢書(かんじょ)百巻後漢の班固(はんこ) 、後漢書百二十巻宋の范曄(はんよう)なり。

一 一には()(げん)文。

 ()十・二十、()十・四十二に云く、「有に約して玄を明かすとは(たい)(きょく)両儀(りょうぎ)(しょう)ずと云うが如し。分ちて天地と()し、変じて陰陽(おんよう)()る。故に是れ両儀を生ずと()う」等云云。文意(もんい)に云く、太極を分ちて天地と為す、太極変じて陰陽と成る、これ両儀を生ずというなり。これ(すなわ)ち形に約して天地といい、気に約して陰陽というなり。今両儀の一言(いちごん)()くこの二義を含む。故に諸文の中に両儀の言を以て、或は天地と為し、或は陰陽と為すなりと。(どう)(しゅん)の大学抄一・二十七に云く「(じゅ)(どう)は虚なりと(いえど)も、(しか)も有なり。故に無極にして太極と云うなり」と。また云く「儒理は君臣父子等の彝倫(いりん)の外を出でず。是れを(とう)()霊妙の処と云うなり」取意と。

          つづく
開目抄愚記 上 目次



by johsei1129 | 2015-05-05 14:45 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
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