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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 10月 20日

はるばる佐渡に見参された乙御前母を、章安、伝教大師にもすぐると称えた【乙御前母御書】

【乙御前母御書】
■出筆時期:文永十年(西暦1273)十一月三日 五十二歳 御作。
■出筆場所:佐渡 一の谷入道の屋敷にて。
■出筆の経緯:本書は寡婦の身でありながら、幼い女の子(乙御前)を連れて佐渡の大聖人の元へ見参された乙御前母(日妙)に与えられた書です。大聖人は中国の章安大師がインドへ、日本の伝教大師が中国へと、過去の偉人達がはるばる遠くから法華経を求めた例を引いて、あなたは女の身でありながらはるばる鎌倉から佐渡まで来られたことを「道のとをきに心ざしのあらわるるにや」と賞賛されております。また幼い乙御前も法華経に宮仕えをされているので、後々幸福になるであろうと励まされています。尚、大聖人は前年の文永九年五月二十五日に与えられた書では、信徒として唯一日妙に聖人の称号を送られております。
■ご真筆: 尼崎市・長遠寺全文所蔵(尼崎市指定文化財)
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[乙御前母御書 本文]

なによりも女房のみ(身)として、これまで来りて候いし事、これまでながされ候いける事は、さる事にて御心ざしのあらわるべきにやありけんと、ありがたくのみをぼへ候。

 釈迦如来の御弟子あまたをわしし、なかに十大弟子とて十人ましまししが、なかに目犍連(もっけんれん)尊者と申せし人は神通第一にてをはしき。四天下と申して、日月のめぐり給うところを、かみすぢ(髪筋)一すぢき(切)らざるにめぐり給いき。これはいかなるゆへぞとたづぬれば、せんしやう(先生)に千里ありしところを、かよいて仏法を聴聞(ちょうもん)せしゆへなり。又天台大師の御弟子に章安と申せし人は、万里をわけて法華経をきかせ給へり。伝教大師は二千里をすぎて止観をならい、玄奘(げんじょう)三蔵は二十万里をゆきて般若(はんにゃ)経を得給へり。道のとをきに心ざしのあらわるるにや、かれは皆男子なり権化の人のしわざなり。今御身は女人なり、ごんじち(権実)はしりがたし・いかなる宿善にてやをはすらん。昔女人すいをと(好夫)をしのびてこそ、或は千里をもたづね、石となり、木となり、鳥となり、蛇となれる事もあり。

十一月三日           日 蓮 花 押
をとごぜんのはは

をとごぜんが・いかに尼となり候いつらん。法華経にみやづか(宮仕)わせ候ほうこう(奉公)をば・をとごぜんの尼は・のちさいわいになり候はん。
いまは法華経をしらせ給いて、仏にならせ給うべき女人なり。かへすがへすふみ(文)ものぐさき者なれども、たびたび(度度)申す。又御房たちをも、ふびん(不便)にあたらせ給うとうけ給わる、申すばかりなし。




by johsei1129 | 2019-10-20 12:58 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
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