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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 04月 28日

父親からの勘当にもめげす法華経信仰を貫いた池上兄弟を称えた書【孝子御書】

■出筆時期:弘安二年(西暦1279年)二月二十八日 五十八歳 御作。
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■出筆の経緯:本書池上兄弟の弟宗長にあてられたご消息文です。大聖人は池上兄弟の父親が亡くなったとの噂を聞き本当でしょうかと弟の宗長に尋ねられると共に、長年信心に反対してきた父康光を、兄弟が力を合わせて入信させたことを心から喜ばれ、二人の兄弟を真実の孝子であると称えられた書となっております。父康光は幕府の作事奉行を努め、また極楽寺良観の信奉者だったため、大聖人に帰依する長男宗仲を二度も勘当し、弟宗長に家督を譲ることにしたが、宗長も兄に殉じ法華経信仰を貫いたため、ついに父も大聖人に帰依することになった。
■ご真筆: 福井県本妙寺、他二箇所に断簡所蔵。
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[福井県本名寺蔵 ご真筆]

[孝子御書 本文]
御親父御逝去の由、風聞真にてや候らん。
貴辺と大夫志(たゆうさかん)の御事は、代末法に入つて生を辺土にうけ、法華の大法を御信用候へば、悪鬼定めて国主と父母等の御身に入りかわり怨をなさん事疑なかるべきところに、案にたがふ事なく親父より度度の御かんだうをかうほらせ給ひしかども、兄弟ともに浄蔵・浄眼の後身か、将た又薬王薬上の御計らいかのゆへに、ついに事ゆへなく、親父に御かんきをゆりさせ給いて、前にたてまいらせし御孝養心に任せさせ給いぬるは、あに孝子にあらずや。定めて天よりも悦びをあたへ、法華経十羅刹も御納受あるべし。

其の上貴辺の御事は心の内に感じをもう事候。此の法門、経のごとくひろまり候わば御悦び申すべし。穴賢穴賢、兄弟の御中不和にわたらせ給ふべからず、不和にわたらせ給ふべからず。
大夫志殿の御文にくわしくかきて候きこしめすべし、恐恐謹言。

弘安二年二月二十八日        日 蓮 花 押




by johsei1129 | 2015-04-28 21:54 | 池上兄弟 | Trackback | Comments(0)
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