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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 04月 11日

立正安国論愚記 二六

一 東方如来の([鴈])宇を改めて

鴈宇(がんう)」は堂塔の別称なり。これに二縁あり。一には西域(さいいき)・二十二に云く「昔比丘有り。(ぐん)(がん)の飛翔を見て、(たわむ)れて時を知れと云う。(たちま)ち一雁有り。投下して自ら()つ。疏して云く、此の雁は誡めを()る。(よろ)しく厚徳を(あらわ)すべしと。(ここ)に於て雁を(うず)めて塔を建つ」と文。二には要覧上二十二に云く「雁堂は善見律に云く、毘舎離(びしゃり)、大林に於て仏の為に堂を作る、形雁子(がんし)の如し。一切具足す」と文。堂舎四つに垂るること、雁の羽翼の自ら(おお)うが如し。故に「形雁子の如し」というか。註の中には「字訓に付いて之を釈す」と云云。また健抄の説は追って考う。

一 西土(さいど)教主(きょうしゅ)()(おう)()

「鵝王」は仏の異称なり。これ三十二相の中の網縵相(もうまんそう)に約するなり。会疏二十六・四十二に云く「菩薩は衆生を摂取(せっしゅ)す、是の業縁を(もっ)(もう)(まん)()白鵝(びゃくが)王の如くなるを得」と文。一昨日抄二十六、本尊抄八にも、以て異称と為すなり。字彙(じい)(がい)四十九に「()は家に(やしな)う所の者なり」と。海篇十一・二十三に云く「野にあるを(かり)と曰い、家にあるを鵝と曰う」と。新語七十六には「鵝はアヒル」と云云。

一 (あるい)は四百余([回])の如法経を(とど)めて

(にん)(おう)五十三代淳和(じゅんな)天王の御宇(ぎょう)、天長十(みずのと)(うし)年、慈覚大師四十歳の時、身は疲れ眼は(くら)し。叡山の(ほくかん)に於て草庵を結び(へい)(きょ)す。(のち)に天薬を感じ、身は(すこ)やかに眼は明らかなり。(ここ)に於て石墨(せきぼく)(そう)(ひつ)を以て妙法華を書し、子塔に蔵して一庵に置く。名を如法堂という。今の首楞(しゅりょう)厳院(ごんいん)なり。天下(これ)(のっと)り、法華を書するを如法経と号す。釈書三・十二。彼の時より文応(ぶんのう)に至ること四百二十三、四年なり。故に「四百余歳」というなり。

(ほう)(ねん)が法華の如法経を止むること、法然の伝二・二十二に出ず。後白河法皇の十三年の御遠忌には則ち浄土の三部を書く。大和入道見仏が供養も亦(しか)なり。啓蒙(けいもう)に引く所の如し。

神明が法華の如法経を守りたまう事、釈書第十の浄蔵伝の如し。竜神が法華の如法経を尊ぶこと、盛衰記(せいすいき)四十四・六の如し。(しか)るに(げん)(くう)(みだり)にこれを改む、(あに)謗法(ほうぼう)に非ずや。故に有る人の法華読誦(どくじゅ)を後悔して狂乱吐血(とけつ)して死せる事、(しゃ)(せき)第一巻の如し。また法然の伝四にも、法華千部の内の七百部を成就せる人、後に一向称名せる事あり。

一 是破(これは)(そう)に非ず

この下に「是れ亡国の因縁に非ず()」の七字、異本に見ること()り。

(いわ)く、(あるい)は現本は(しか)るべきか。(すで)に上には三宝誹謗(ひぼう)の相のみを明かすなり。若し総じてこれを論ぜば異本も(とが)なきなり。

                           つづく
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by johsei1129 | 2015-04-11 20:22 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
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