人気ブログランキング |

日蓮大聖人『御書』解説

nichirengs.exblog.jp
ブログトップ
2019年 11月 04日

海にあらざればわかめなし<略>法華経にあらざれば仏になる道なかりける、と説いた【四条金吾殿御書】

【四条金吾殿御書(九思一言事)】
■出筆時期:建治四年(西暦1278)一月二十五日 五十七歳御作。
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■出筆の経緯:本書は四条金吾が前年の6月23日、主君江間氏よりご勘気を蒙り所領を取り上げられ家来の身分を失っていたが、主君の病を献身的に看病したこともあり、半年後にご勘気が解かれる。大聖人はそのことを金吾から聞くとともに、弟子の円教房から江間氏の息子江間四郎の御共の武士の中で金吾殿が一番であるとが鎌倉中の評判であることを聞き、「法華経の御力にあらずや」と喜ぶとともに、今後は同僚の恨みをかうこともあるだろうから十分日頃の行動に注意するよう細々と指示している。この書は弟子の安否を深く気遣う、人間日蓮の一面を垣間見ることができる貴重なご消息文となっている。
■ご真筆: 現存していない。

[四条金吾殿御書(九思一言事)]

鷹取のたけ(嶽)・身延のたけ・なないた(七面)がれのたけ・いいだに(飯谷)と申し、木のもと・かや(萱)のね(根)・いわ(嶽)の上・土の上いかにたづね候へども・を(生)ひて候ところなし、されば海にあらざれば・わかめなし・山にあらざれば・くさびら(茸)なし、法華経にあらざれば仏になる道なかりけるか

 これは・さてをき候いぬ、なによりも承りて・すず(爽)しく候事は・いくばくの御にくまれの人の御出仕に人かずに・め(召)しぐ(具)せられさせ給いて、一日・二日ならず御ひまもなきよし・うれしさ申すばかりなし、えもんのたいうのをや(親)に立ちあひて上の御一言にてかへりてゆ(許)りたると殿のすねんが間のにくまれ・去年のふゆはかうとききしに・かへりて日日の御出仕の御とも・いかなる事ぞ、ひとへに天の御計(はから)い法華経の御力にあらずや、其の上円教房の来りて候いしが申し候は、えま(江間)の四郎殿の御出仕に御ともの・さふらい二十四・五其の中にしう(主)はさてをきたてまつりぬ、ぬしのせいといひ・かをたましひ・むま(馬)下人までも中務のさえもんのじやう第一なり、あはれ(天晴)をとこや・をとこやと・かまくらわらはべは・つじ(辻)ちにて申しあひて候しとかたり候。

 これに・つけてもあまりにあやしく候、孔子は九思一言・周公旦は浴する時は三度にぎり食する時は三度はかせ給う、古の賢人なり今の人のかがみなり。されば今度はことに身をつつしませ給うべし、よるはいかなる事ありとも一人そとへ出でさせ給うべからず、たとひ上(かみ)の御めし有りともまづ下人をこそ(御所)へ・つかわして、なひなひ一定(いちじょう)を・ききさだめて・はらまき(腹巻)をきて・はちまきし、先後・左右に人をたてて出仕し御所のかたわらに・心よせの・やかたか又我がやかたかに・ぬぎをきて・まいらせ給うべし、家へかへらんにはさき(前)に人を入れてと(戸)のわき、はし(橋)のした、むまや(厩)のしり・たかどの(高殿)一切くらきところを・みせて入るべし・せうまう(焼亡)には我が家よりも人の家よりもあれ・たからを・をしみてあわてて火をけすところへ・づつとよるべからず、まして走り出る事なかれ、出仕より主の御ともして御かへりの時はみかど(御門)より馬より・をりて、いとまの・さしあうよし・はうくわん(判官)に申して・いそぎかへるべし、上(かみ)のををせなりとも・よ(夜)に入りて御ともして御所に・ひさしかるべからず、かへらむには第一・心にふかき・えうじん(用心)あるべし、ここをば・かならず・かたきの・うかがうところなり。

  人のさけたばん(酒賜)と申すともあやしみて・あるひは言をいだし・あるひは用いることなかれ。又御をとと(舎弟)どもには常はふびんのよしあるべし、つねにゆせに(湯銭)ざうりのあたい(値)なんど心あるべし、もしやの事のあらむには・かたきはゆるさじ、我がために・いのちをうしなはんずる者ぞかしと・をぼして、とがありとも・せうせうの失(とが)をば・しらぬやうにてあるべし、又女るひはいかなる失ありとも一向に御けうくんまでも・あるべからず、ましていさか(争)うことなかれ。

 涅槃経に云く「罪極て重しと雖も女人に及ぼさず」等云云。文の心はいかなる失ありとも女のとがををこなはざれ、此れ賢人なり此れ仏弟子なりと申す文なり。

 此の文は阿闍世王・父を殺すのみならず母をあやまたむと・せし時・耆婆(ぎば)・月光の両臣がいさめたる経文なり、我が母心ぐるしくをもひて臨終までも心にかけし・いもうと(女弟)どもなれば失を・めんじて不便というならば母の心やすみて孝養となるべしと・ふかくおぼすべし、他人をも不便(ふびん)というぞかし・いわうや・をとをとどもをや、もしやの事の有るには一所にて・いかにもなるべし、此等こそとどまりゐてなげかんずれば・をもひでにと・ふかくをぼすべし、かやう申すは他事はさてをきぬ、雙六(すごろく)は二(ふたつ)ある石はかけられず、鳥の一(ひとつ)の羽にてとぶことなし、将門(まさかど)さだたふ(貞任)がやうなりし・いふしやう(勇将)も一人は叶わず、されば舎弟等を子とも郎等とも・うちたのみて・をはせば、もしや法華経もひろまらせ給いて世にもあらせ給わば一方のかたうど(方人)たるべし。

 すでに・きやう(京)のだいり院のごそ(御所)かまくらの御所・並に御うしろみ(後見)の御所・一年が内に二度・正月と十二月とにやけ(焼失)候いぬ、これ只事にはあらず謗法の真言師等を御師とたのませ給う上かれら法華経をあだみ候ゆへに天のせめ法華経・十羅刹の御いさめあるなり、かへりて大ざんげあるならば・たすかるへんも・あらんずらん、いたう天の此の国ををしませ給うゆへに大なる御いさめあるか、すでに他国が此の国をうちまきて国主・国民を失はん上(うえ)仏神の寺社・百千万がほろびんずるを天眼をもつて見下して・なげかせ給うなり、又法華経の御名をいういう(優優)たるものどもの唱うるを誹謗正法の者どもが・をどし候を天のにくませ給う故なり。

あなかしこ・あなかしこ、今年(ことし)かしこくして物を御らんぜよ、山海・空市まぬかるところあらば・ゆきて今年はすぎぬべし、阿私陀仙人が仏の生れ給いしを見て、いのちををしみしがごとし・をしみしがごとし、恐恐謹言。

正月二十五日   日 蓮 花押
中務左衛門尉殿

by johsei1129 | 2019-11-04 10:26 | 四条金吾・日眼女 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://nichirengs.exblog.jp/tb/23831598
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。


<< 法華経の行者を軽しめし人人、千...      弘法・慈覚・智証・三大師の法華... >>