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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 11月 02日

一生は夢の上明日を期せず、如何なる乞食には成とも法華経に疵をつけ給うべからずと説いた【不可惜所領事】

【四条金吾殿御返事(不可惜所領事)】
■出筆時期:建治3年(1277)7月 五十六歳御作
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■出筆の経緯:本書は大聖人の直弟子、日行と念仏僧・竜象房との「桑ヶ谷問答」に四条金吾が参加したことで、念仏を信仰する主君の江間氏から説法の座で狼藉を働いたと誤解され、法華経信仰を捨てるという起請を書くよう迫られた金吾が大聖人に対したとえ所領を失っても起請は書かないと報告したことに対する大聖人の返書となっている。大聖人は所領を失っても起請は書かないとする金吾の志を「(三千年に一度花が咲くという)優曇華のさきたるをみるか」と讃えられるとともに「一生はゆめの上、明日をごせず。いかなる乞食にはなるとも法華経にきずをつけ給うべからず」と法華経信仰を貫くよう厳しく諭されている。
■ご真筆: 大分市 常妙寺他一箇所、断簡所蔵。
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真筆断簡の本文:『末代の凡夫いかでか此経の行者となるべき。設日蓮一人は杖木瓦礫悪口王難をもしのぶとも、妻子を』

[四条金吾殿御返事(不可惜所領事) 本文]

 去月二十五日の御文・同月の二十七日の酉(とり)の時に来りて候。仰せ下さるる状と又起請かくまじきよしの御せいじやう(誓状)とを見候へば優曇華のさきたるをみるか赤栴檀のふたば(嫩葉)になるをえたるか。めづらし・かうばし、三明六通を得給う上・法華経にて初地・初住にのぼらせ給へる証果の大阿羅漢・得無生忍の菩薩なりし舎利弗・目連・迦葉等だにも娑婆世界の末法に法華経を弘通せん事の大難こら(忍)へかねければ・かなふまじき由・辞退候いき。まして三惑未断の末代の凡夫が争(いかで)か此経の行者となるべき、設い日蓮一人は杖木・瓦石・悪口・王難をも忍ぶとも妻子を帯せる無智の俗なんどは争か叶うべき、中中・信ぜざらんはよかりなん・すへ・とを(通)らずしばし(暫時)ならば人に・わらはれなんと不便にをもひ候いしに、度度の難・二箇度の御勘気に心ざしを・あらはし給うだにも不思議なるに、かく・おど(威嚇)さるるに二所の所領をすてて法華経を信じ・とをすべしと御起請候事いかにとも申す計りなし。

 普賢・文殊等なを末代はいかんがと仏思し食して妙法蓮華経の五字をば地涌千界の上首・上行等の四人にこそ仰せつけられて候へ。只事の心を案ずるに日蓮が道をたすけんと上行菩薩・貴辺の御身に入りかはらせ給へるか又教主釈尊の御計いか、彼の御内の人人うちはびこつて良観・竜象が計ひにてや・ぢやう(定)あるらん。起請をかかせ給いなば・いよいよかつばら(彼奴等)をご(驕)りて・かたがたに・ふれ申さば鎌倉の内に日蓮が弟子等一人もなく・せめうしなひなん。凡夫のならひ身の上は・はからひがたし、これを・よくよく・しるを賢人・聖人とは申すなり。

 遠きをば・しばらく・をかせ給へ、近きは武蔵のかう(守)殿・両所をすてて入道になり結局は多くの所領・男女のきうだち(公達)御ぜん等をすてて御遁世と承わる、とのは子なし・たのもしき兄弟なし・わづかの二所の所領なり。一生はゆめの上・明日をご(期)せず・いかなる乞食には・なるとも法華経にきずをつけ給うべからず。されば同くは・なげきたるけしきなくて此の状に・かきたるが・ごとく・すこしも・へつらはず振舞仰せあるべし、中中へつらふならば・あしかりなん、設ひ所領をめされ追い出し給うとも十羅刹女の御計いにてぞ・あるらむと・ふかくたの(恃)ませ給うべし。

 日蓮はながさ(流罪)れずして・かまくらにだにも・ありしかば・有りし・いくさに一定打ち殺されなん。此れも又御内にては・あしかりぬべければ釈迦仏の御計いにてや・あるらむ。陳状は申して候へども又それに僧は候へども・あまりのおぼつかなさに三位房をつかはすべく候に・いまだ所労きらきらしく候はず候へば・同事に此の御房をまいらせ候、だいがくの三郎殿か・たき(滝)の太郎殿か・とき殿かに・いとまに随いて・かかせてあげさせ給うべし、これはあげなば事きれなむ・いたう・いそがずとも内内うちを・したため・又ほかの・かつばらにも・あまねく・さはがせて・さしいだしたらば若(もし)や此の文(ふみ)かまくら内にも・ひろうし上へもまいる事もやあるらん、わざはひの幸はこれなり。

 法華経の御事は已前に申しふりぬ、しかれども小事こそ善よりは・をこて候へ。大事になりぬれば必ず大なる・さはぎが大なる幸となるなり、此の陳状・人ごとに・みるならば彼等がはぢ(恥)あらわるべし、只一口に申し給へ我とは御内を出て所領をあぐべからず、上(かみ)より・めされいださむは法華経の御布施・幸と思うべしと・ののしらせ給へ、かへすがへす奉行人に・へつらうけしきなかれ、此の所領は上より給(たび)たるにはあらず、大事の御所労を法華経の薬をもつて・たすけまいらせて給て候所領なれば召すならば御所労こそ又かへり候はむずれ、爾時は頼基に御たいじゃう(怠状)候とも用ひまいらせ候まじく候とうちあて・にくさうげ(憎体気)にて・かへるべし。

 あなかしこ・あなかしこ・御よりあひ(寄合)あるべからず、よるは用心きびしく夜廻(よまわり)の殿原かた(語)らいて用ひ常には・よりあはるべし今度御内をだにも・いだされずば十に九は内のものねらひなむかまへて・きたなきし(死)にすべからず。

建治三年丁丑(ひのとうし)七月            日 蓮  花押
四条金吾殿御返事

by johsei1129 | 2019-11-02 06:50 | 四条金吾・日眼女 | Trackback | Comments(0)
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