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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 03月 16日

立正安国論愚記 三

一、この題に三箇の秘法を含む事

日我云く「立正の両字は本門の題目なり。安国の両字は本門の戒壇なり。日蓮(かんが)う等は本門の本尊なり」等云云。
 今謂く、立正の両字は三箇の秘法を含むなり。初めに本門の本尊に約せば、正とは妙なり、妙とは正なり。故に什師(じゅうし)は妙法華経と名づけ、(ほう)()は正法華経と名づくるなり。況や天台は三千を以て妙境と名づけ、妙楽は妙境を以てまた正境と名づけんをや。故に正は即ち妙なり。妙とは妙法蓮華経なり。妙法蓮華経とは即ち本門の本尊なり。故に顕仏未来記に云く「本門の本尊・妙法蓮華経の五字」等云云。

立とはこの本尊を立つるなり。故に観心本尊抄()()に云く「此の時地涌千界(じゆせんがい)出現して本門の釈尊を脇士(きょうじ)と為す一閻浮提(いちえんぶだい)第一の本尊此の国に立つ可し」と文。妙法蓮華経の左右に釈迦・多宝・上行等を図顕す。故に「本門の釈尊を脇士と為す」というなり。これ則ち文底深秘の最要、妙中の妙、正中の正なり。故に(えん)()第一というなり。この本尊日本国に立つべしと云云。若し(しか)らば、立正の両字は即ちこれ本門の本尊なり。

次に本門の題目に約せば、(いわ)く、題目に信行の二意を具す。行の始めはこれ信心なり、信心の終りはこれ行なり。(すで)に正境に縁する故に信心即ち正なり。信心正なる故にその行即ち正なり。故に題目の修行を名づけて正と為すなり。天台云く「行を(しん)(しゅ)と名づく。智に非ざれば(すす)まず、智は行を導くと雖も、境に非ざれば正しからず」等云云。この意、深く思え云云。立とは即ち行を立つるなり。妙楽云く「一念信解とは即ち是れ本門(りゅう)(ぎょう)(はじめ)」と云云。天台云く「今、(みょう)()に依り以て正行を立つ」等云云。

三に本門の戒壇に約せば、凡そ正とは一の止まる所なり。故に一止に(したが)うなり。一は謂く、本門の本尊なり。これ則ち閻浮第一の本尊なるが故なり。本尊抄の文の如し。またこれ一大事の秘法なるが故なり。南条抄の文の如し。故に本尊を以て一と名づくる者なり。()はこれ()(じゅう)の義なり。既にこれ本尊止住の処なり。(あに)本門の戒壇に非ずや。立とは戒壇を立つるなり。御相承()に云く「国主此の法を立てらるれば富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり、時を待つべきのみ」等云云。故に(ただ)立正の両字に於て三箇の秘法を含むこと文義分明なり。

問う、その証如何。

答う、興師の申状に云く「爾前迹門(にぜんしゃくもん)の謗法を対治(たいじ)し法華本門の正法を立てらるれば、天下泰平国土安全たるべし」と云云。「爾前迹門の謗法を対治し」とは即ちこれ邪を破するなり。「法華本門の正法を立てらるれば」とは即ちこれ正を立つるなり。「天下泰平国土安穏(あんのん)」とは即ちこれ安国なり。この中に「法華本門の正法」というとは、即ち三箇の秘法なり。故に日有師の申状に云く「爾前迹門の諸宗の謗法を対治して法華本門の本尊と戒壇と並びに題目の五字を信仰せらるれば、一天安全にして四海静謐(せいひつ)ならん」と云云。況や日我は血脈抄(けちみゃくしょう)(こころ)を示して云く「久遠下種の正法とは、末法弘通の三大秘法の事なり」と云云。前に引く所の如し。


一 この論の撰号の事

或は「釈日蓮」と云云。或は天台沙門(しゃもん)」と云云。若し「釈日蓮」とは、撰時抄の題の下にこれを釈するが如し。「天台沙門」とは、但これ外用(げゆう)の一辺なるのみ。これ則ち立宗最初の故と国主(かん)(ぎょう)の書の故に云云。


入文第一段   二十九日


将にこの論を分たんとするに、(およ)そ十段あり。第一、災難の来由(らいゆ)。第二、災難の証拠。第三、正法を誹謗するの(よし)。第四、正しく一凶の所帰(しょき)を明かす。第五、和漢の例を出す。第六、勘状(かんじょう)(そう)()。第七、施を止めて命を()つ。第八、(ざん)(ざい)の用否。第九、疑いを断じて信を生ず。第十、正に帰して(りょう)(のう)す。この十段を分ちてまた十九と為す。初めの九段は各問答あり。故に以て十八と為す。第十の「正に帰して領納す」を合わせて十九段と為すなり。細科は(つぶさ)性抄(しょうしょう)の如し。

当に知るべし、(ひん)(しゅ)の問答を仮立(けりゅう)したまう所以(ゆえん)は愚者をして()(やす)からしめんが為なり。而るにまた例あり。所謂(いわゆる)荘子の逍遥(しょうよう)篇、文選(もんぜん)()(きょ)()等、錍論(こんぺいろん)の野客の問答、三教指帰(しき)兎角(とかく)(こう)亀毛(きもう)先生等、皆()の例なり。

(また)(また)当に知るべし、客はこれ他宗、主はこれ自宗なり。故に客の問は(かり)の方便なり、主人の答えはこれ真実なり。此等は並びにこれ()(もん)一往なり。若し元意(がんい)の辺は、蓮祖は日本国の一切衆生の主君なる義を顕すなり。謂く、家の主はこれその家の主君なり。国の主はこれその国の主君なり。一天の主はこれ一天の主君なり。自余は(とも)にこれ賓客(ひんきゃく)なり。普天(ふてん)(もと)率土(そつど)(ひん)、王臣ならざることなし云云。撰時抄上二十に云く「日蓮は当帝の父母・念仏者・禅衆・真言師等が師範なり又主君なり」文。



                 つづく

立正安国論愚記 目次



by johsei1129 | 2015-03-16 21:54 | 日寛上人 御書文段 | Trackback | Comments(0)
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