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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 03月 06日

仏滅後妙法華経の一偈一句を聞いて随喜せん者には我亦阿耨多羅三藐三菩提の記を授くと説いた【顕立正意抄】

【顕立正意抄】
■出筆時期:文永十一年(西暦1274)十二月十五日 五十三歳 御作。
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■出筆の経緯:本書は大聖人が佐渡流罪赦免後、身延山中で草庵を設けられてから約半年後に顕されてた御書で、門下の弟子・信徒らに宛てた法門を記した書となります。そのため『顕立正意抄』の題名は、大聖人自らが名付けられたと伝えられております。
本書の内容は、立正安国論で予言した他国侵逼の難、自界叛逆の難は悉く的中したことは、釈尊の数々の予言が的中したことと匹敵することを示し、日蓮自身は末法の本仏であることを示唆しておられる。さらに妙法蓮華経法師品第十の偈「如来滅度の後に若し人有つて妙法華経の乃至一偈一句を聞いて一念も随喜せん者には、我亦阿耨多羅三藐三菩提(仏の悟りの境地)の記を与え授く」を引くとともに「今日蓮が弟子等も亦是くの如し<中略>或は随い或は従う、但だ名のみ之を仮りて心中に染まざる信心薄き者は、設い千劫をば経ずとも<中略>乃至十百無間疑無からん者か」と記し、強盛な信心を貫くことを厳しく諭しておられる。

妙法蓮華経 法師品第十の該当する偈:
又如来滅度之後。若有人。聞妙法華経。乃至一偈一句。
一念随喜者。我亦与授。阿耨多羅三藐三菩提記。

■ご真筆: 現存していない。古写本:日春筆 沼津市岡宮 光長寺所蔵。

[顕立正意抄 本文]

日蓮去る正嘉元年太歳丁巳八月二十三日・大地震を見て之を勘え定めて書ける立正安国論に云く「薬師経の七難の内五難忽ちに起つて二難猶残れり所以他国侵逼の難・自界叛逆の難なり。大集経の三災の内二災早く顕れ一災未だ起らず、所以兵革の災なり。金光明経の内の種種の災過一一起ると雖も、他方の怨賊国内を侵掠する此の災、未だ露われず此の難未だ来らず。仁王経の七難の内六難今盛にして一難未だ現ぜず、所以四方より賊来つて国を侵すの難なり。しかのみならず国土乱れん時は先ず鬼神乱る、鬼神乱るる故に万民乱ると、今此の文に就て具さに事の情を案ずるに、百鬼早く乱れ万民多く亡びぬ先難是れ明なり、後災何ぞ疑わん、若し残る所の難悪法の科に依つて並び起り競い来らば其の時何為や。帝王は国家を基として天下を治む、人臣は田園を領して世上を保つ、而るに他方より賊来つて此の国を侵逼し自界叛逆して此の地を掠領せば、豈驚かざらんや豈騒がざらんや。国を失い家を滅せば何れの所にか世を遁れん」等云云、已上立正安国論の言なり。

 今、日蓮重ねて記して云く、大覚世尊記して云く「苦得外道・七日有つて死す可し死して後食吐鬼に生れん苦得外道の言く七日の内には死す可からず、我羅漢を得て餓鬼道に生れじと」等云云。瞻婆城の長者の婦懐姙す、六師外道の云く「女子を生まん」、仏記して云く「男子を生まん」等云云。仏記して云く「卻て後三月あつて我当に般涅般すべし」等云云。一切の外道云く「是れ妄語なり」等云云。仏の記の如く二月十五日に般涅槃し給う。法華経の第二に云く「舎利弗、汝未来世に於て無量無辺・不可思議劫を過て乃至当に作仏するを得べし、号をば華光如来と曰わん」等云云。又第三の巻に云く「我が此の弟子摩訶迦葉未来世に於て当に三百万億に奉覲することを得べし、乃至最後身に於て仏と成ることを得ん、名をば光明如来と曰わん」等云云。又第四の巻に云く「又如来滅度の後に若し人有つて妙法華経の乃至一偈一句を聞いて一念も随喜せん者には我亦阿耨多羅三藐三菩提の記を与え授く」等云云。此等の経文は仏未来世の事を記し給う、上に挙ぐる所の苦得外道等の三事・符合せずんば、誰か仏語を信ぜん、設い多宝仏・証明を加え分身の諸仏長舌を梵天に付くとも信用し難きか。今亦以て是くの如し、設い日蓮富楼那の弁を得て目連の通を現ずとも、勘うる所当らずんば誰か之を信ぜん。去ぬる文永五年に蒙古国の牒状渡来する所をば朝に賢人有らば之を怪む可し。設い其れを信ぜずとも去る文永八年九月十二日御勘気を蒙りしの時吐く所の強言、次の年二月十一日に符合せしむ。情有らん者は之を信ず可し、何に況や今年既に彼の国災兵の上二箇国を奪い取る、設い木石為りと雖も、設い禽獣為りと雖も、感ず可く驚く可きに、偏えに只事に非ず、天魔の国に入つて酔えるが如く、狂えるが如く、歎く可し哀む可し恐る可し厭う可し。

 又立正安国論に云く「若し執心飜えらずして亦曲意猶存せば、早く有為の郷を辞して必ず無間の獄に堕せん」等云云。今符合するを以て未来を案ずるに、日本国の上下・万人阿鼻大城に堕ちんこと大地を的と為すが如し。此等は且らく之を置く、日蓮が弟子等又此の大難脱れ難きか、彼の不軽軽毀の衆は現身に信伏随従の四字を加れども、猶先謗の強きに依つて、先ず阿鼻大城に堕して千劫を経歴して大苦悩を受く。
 
 今日蓮が弟子等も亦是くの如し、或は信じ或は伏し或は随い或は従う。但だ名のみ之を仮りて心中に染まざる信心薄き者は、設い千劫をば経ずとも、或は一無間或は二無間乃至十百無間疑無からん者か。是を免れんと欲せば、各薬王楽法の如く臂を焼き皮を剥ぎ、雪山国王等の如く身を投げ心を仕えよ。若し爾らずんば五体を地に投げ、偏身に汗を流せ。若し爾らずんば珍宝を以て仏前に積め、若し爾らずんば奴婢と為つて持者に奉えよ、若し爾らずんば・等云云。四悉檀を以て時に適うのみ。

 我弟子等の中にも信心薄淡き者は、臨終の時阿鼻獄の相を現ず可し。其の時我を恨む可からず等云云。
 
文永十一年太歳甲戌十二月十五日    日 蓮 之を記す

by johsei1129 | 2015-03-06 23:07 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
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