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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 03月 05日

設い日蓮死生不定為りと雖も、妙法蓮華経の五字の流布は疑い無き者か、と説いた【土木殿御返事】

【土木殿御返事】
■出筆時期:文永十年(西暦1273年)七月六日 五十二歳 御作。
■出筆場所:佐渡・一谷、一谷入道の屋敷にて。
■出筆の経緯:本書は土木殿(富木常忍)と大田乗明の二人が佐渡の大聖人へ銭二貫をご供養されたことへの返書となっている。
大聖人は最初に、佐渡流罪が二年になろうとしてることについて信徒に対し「御勘気ゆりぬ事、御歎き候べからず候。当世日本国、子細之れ有る可き由之を存ず。定めて勘文の如く候べきか」と、勘文(立正安国論)の通りになるので、嘆くでないと諭すとともに「設い日蓮死生不定為りと雖も妙法蓮華経の五字の流布は疑い無き者か」と断じている。さらに「仏滅後二千二百二十余年、今に寿量品の仏と肝要の五字とは流布せず」と説いて、妙法蓮華経を図現した末法の本尊を日蓮が流布することを示唆しておられる。
尚、本書に出てくる大聖人のもとへ富木常忍が遣わした伊与房は、母親が富木常忍と再婚し常忍の養子となり、幼くして出家、後に六老僧の一人となる日頂その人である。晩年は日興上人を慕い、重須本門寺の学頭となっている。
■ご真筆:中山法華経寺 所蔵(重要文化財)。
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[土木殿御返事 本文]

 鵞目二貫給候い畢んぬ、太田殿と其れと二人の御心喜び候。伊与房は機量物にて候ぞ、今年留め候い畢んぬ、御勘気ゆりぬ事・御歎き候べからず候。当世・日本国子細之れ有る可き由之を存ず定めて勘文の如く候べきか、設い日蓮死生不定為りと雖も妙法蓮華経の五字の流布は疑い無き者か。

 伝教大師は御本意の円宗を日本に弘めんとす、但し定慧は存生に之を弘め円戒は死後に之を顕す事法為る故に一重大難之れ有るか。仏滅後二千二百二十余年、今に寿量品の仏と肝要の五字とは流布せず、当時果報を論ずれば恐らくは伝教・天台にも超え竜樹・天親にも勝れたるか、文理無くんば大慢豈之に過んや。章安大師天台を褒めて云く「天竺の大論尚其の類に非ず真旦の人師、何ぞ労しく語るに及ばん、此れ誇耀に非ず法相の然らしむるのみ」等云云。

 日蓮又復是くの如し竜樹天親等尚其の類に非ず等云云。此れ誇耀に非ず法相の然らしむるのみ。故に天台大師日蓮を指して云く「後の五百歳遠く妙道に沾わん」等云云。伝教大師当世を恋いて云く「末法太はだ近きに有り」等云云。

 幸いなるかな我が身「数数見擯出」の文に当ること悦ばしいかな悦ばしいかな、諸人の御返事に之を申す故に委細、恐恐。

七月六日                            日 蓮  花押
土木殿御返事

by johsei1129 | 2015-03-05 00:11 | 富木常忍・尼御前 | Trackback | Comments(0)
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