日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 05月 18日

日蓮(略)大兵ををこして二十余年なり、日蓮一度もしりぞく心なし、と説いた【弁殿尼御前御書】

【弁殿尼御前御書】
■出筆時期:文永十年(西暦1273年)九月十九日 五十二歳 御作。
■出筆場所:佐渡・一谷、一谷入道の屋敷にて。
■出筆の経緯:本書は後の六老僧の一人、日昭(弁殿)の母である尼御前に宛てられたご消息文です。弁殿尼御前は本書で「尼ごぜんの一文不通の・・・」と記されているように、文字が読めない尼でしたが、大聖人は、佐渡流罪となり弾圧を受けることで法華経信仰を捨てる者が続出する中、大聖人への帰依を貫き通し、また自身を世話する者を佐渡の大聖人の元に遣わせた志を「定めて釈迦・多宝・十方分身の諸仏も御知見あるか」と本書で讃えられておられます。
さらに追記文で日昭に対し、大師講(天台著作の講)を開催すること、三郎左衛門尉殿(四条金吾)の所にある涅槃経、法華文句等を持ってくるよう依頼されております。
■ご真筆: 中山法華経寺所蔵(重要文化財)
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[弁殿尼御前御書 本文]

貞当は十二年にやぶれぬ・将門は八年にかたふきぬ、第六天の魔王・十軍のいくさを・をこして・法華経の行者と生死海の海中にして同居穢土を・とられじ・うばはんと・あらそう。

 日蓮其の身にあひあたりて大兵を・をこして二十余年なり、日蓮一度もしりぞく心なし、しかりと・いえども弟子等・檀那等の中に臆病のもの大体或はをち或は退転の心あり。
 尼ごぜんの一文不通の小心に・いままで・しりぞかせ給わぬ事申すばかりなし。其の上自身のつかうべきところに下人を一人つけられて候事、定めて釈迦・多宝・十方分身の諸仏も御知見あるか。
 恐恐謹言。

九月十九日                     日 蓮 花押
辧殿尼御前に申させ給へ

与日昭母妙一 しげければとどむ、辧殿に申す大師講を・をこなうべし・大師とてまいらせて候、三郎左衛門尉殿に候、御文のなかに涅槃経の後分二巻・文句五の本末・授決集の抄の上巻等・御随身あるべし。

by johsei1129 | 2015-05-18 18:27 | 弟子・信徒その他への消息 | Trackback | Comments(0)
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