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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 10月 18日

法華経を一字一句も唱え又人にも語り申さんものは教主釈尊の御使なり、と説いた【梵音声御書】

【四条金吾殿御返事(梵音声書)】
■出筆時期:文永九年(西暦1272年)九月 五十一歳 御作。
■出筆場所:佐渡・一谷、一谷入道の屋敷にて。
■出筆の経緯:本書は四条金吾が亡母の三回忌追善供養のために、佐渡の大聖人の元に使いを出したのに答えたたご消息文となります。
本書で大聖人は「梵音声と申すは仏の第一の相なり。<中略>法華経は釈迦如来の書き顕して此の御音を文字と成し給う仏の御心はこの文字に備れり」説いていることから別名を「梵音声御書」と言います。さらに「法華経を一字一句も唱え又人にも語り申さんものは教主釈尊の御使なり、然れば日蓮賤身なれども教主釈尊の勅宣を頂戴して此の国に来れり、此れを一言もそしらん人人は罪を無間に開き一字一句も供養せん人は無数の仏を供養するにもすぎたりと見えたり」と説いて、末法に法華経を説く日蓮を供養する四条金吾は、無数の仏を供養する事に超過するとその志を称えておられる。

■ご真筆: 現存していない。

[四条金吾殿御返事(梵音声御書)本文]

 夫れ斉(せい)の桓公(かんこう)と申せし王・紫をこのみて服(き)給いき、楚(そ)の荘王と言いし王は女の腰のふとき事を・にくみしかば一切の遊女・腰をほそからせんが・ために餓死しけるもの・おほし、しかれば一人の好む事をば我が心にあはざれども万民随いしなり、たとへば大風の草木をなびかし大海の衆流をひくが如し、風にしたがはざる草木は・をれうせざるべしや、小河・大海におさまらずば・いづれのところにおさまるべきや、国王と申す事は先生(せんしょう)に万人にすぐれて大戒を持ち天地及び諸神ゆるし給いぬ、其の大戒の功徳をもちて其の住むべき国土を定む、二人・三人等を王とせず地王・天王・海王・山王等・悉(ことごと)く来臨して・この人をまほる、いかに・いはんや其の国中の諸民・其の大王を背(そむ)くべしや、此の王はたとひ悪逆を犯すとも一二三度等には左右(とこう)なく此の大王を罰せず、但諸天等の御心(みこころ)に叶わざるは一往は天変地夭等を・もちて・これをいさむ、事過分すれば諸天・善神等・其の国土を捨離し給う、若しは此の大王の戒力つき期(ご)来つて国土のほろぶる事もあり、又逆罪多くにかさまれば隣国に破らるる事もあり、善悪に付て国は必ず王に随うものなるべし。

 世間此くの如し仏法も又然なり、仏陀すでに仏法を王法に付し給うしかればたとひ聖人・賢人なる智者なれども王にしたがはざれば仏法流布せず、或は後には流布すれども始めには必ず大難来る、迦弐志加(かにしか)王は仏の滅後四百余年の王なり健陀羅(けんだら)国を掌(たなごころ)のうちににぎれり、五百の阿羅漢(あらかん)を帰依して婆沙(ばしゃ)論二百巻をつくらしむ、国中総て小乗なり其の国に大乗弘めがたかりき、発舎密多羅(ほっしゃみったらおう)王は五天竺を随へて仏法を失ひ衆僧の頚(くび)をきる、誰の智者も叶わず。

 太宗は賢王なり玄奘(げんじょう)三蔵を師として法相宗を持ち給いき誰の臣下かそむきし、此の法相宗は大乗なれども五性各別と申して仏教中のおほきなるわざはひと見えたり、なを外道の邪法にもすぎ悪法なり、月支・震旦(しんたん)・日本・三国共にゆるさず、終に日本国にして伝教大師の御手にかかりて此の邪法止め畢(おわ)んぬ、大なるわざはひなれども太宗これを信仰し給いしかば誰の人かこれをそむきし。

 真言宗と申すは大日経・金剛頂経・蘇悉地(そしっち)経による・これを大日の三部と号す、玄宗皇帝の御時・善無畏三蔵・金剛智三蔵・天竺より将(も)ち来れり、玄宗これを尊重し給う事・天台・華厳宗等にもこへたり、法相・三論にも勝れて思し食すが故に漢土は総て大日経は法華経に勝るとおもひ日本国・当世にいたるまで天台宗は真言宗に劣るなりとおもふ、彼の宗を学する東寺・天台の高僧等・慢・過慢をおこす、但し大日経と法華経とこれをならべて偏党を捨て是を見れば大日経は螢火の如く法華経は明月の如く真言宗は衆星の如く天台宗は日輪の如し、偏執(へんしゅう)の者の云く汝未だ真言宗の深義を習いきはめずして彼の無尽の科(とが)を申す、但し真言宗・漢土に渡つて六百余年・日本に弘まりて四百余年・此の間の人師の難答あらあら・これをしれり、伝教大師一人・此の法門の根源をわきまへ給う、しかるに当世・日本国第一の科是なり、勝を以て劣と思い劣を以て勝と思うの故に大蒙古国を調伏する時・還(かえ)つて襲われんと欲す是なり。

 華厳宗と申すは法蔵法師が所立の宗なり、則天皇后の御帰依ありしによりて諸宗・肩をならべがたかりき、しかれば王の威勢によりて宗の勝劣はありけり法に依つて勝劣なきやうなり。
たとひ深義を得たる論師・人師なりといふとも王法には勝がたきゆへに・たまたま勝んとせし仁は大難にあへり、所謂師子尊者は檀弥羅(だんみら)王のために頚を刎ねらる、提婆菩薩は外道のために殺害せらる、竺(じく)の道生は蘇山に流され法道三蔵は面(かお)に火印をされて江南に放たれたり、而るに日蓮は法華経の行者にもあらず又僧侶の数にもいらず。 然り而して世の人に随て阿弥陀仏の名号を持ちしほどに阿弥陀仏の化身とひびかせ給う善導和尚の云く「十即十生・百即百生・乃至千中無一」と、勢至菩薩の化身とあをがれ給う法然上人此の釈を料簡(りょうけん)して云く「末代に念仏の外の法華経等を雑(まじ)ふる念仏においては千中無一・一向に念仏せば十即十生」と云云、日本国の有智・無智仰いで此の義を信じて今に五十余年・一人も疑を加へず、唯日蓮の諸人にかはる所は阿弥陀仏の本願には「唯五逆と誹謗(ひぼう)正法とを除く」とちかひ、法華経には「若し人信ぜずして此の経を毀謗(きぼう)せば則ち一切世間の仏種を断ず、乃至其の人命終して阿鼻(あび)獄に入らん」と説かれたり。此れ善導・法然・謗法の者なれば・たのむところの阿弥陀仏にすてられをはんぬ、余仏・余経においては我と抛(なげう)ちぬる上は救い給うべきに及ばず、法華経の文の如きは無間地獄・疑なしと云云、而るを日本国は・をしなべて彼等が弟子たるあひだ此の大難まぬかれがたし。
無尽の秘計をめぐらして日蓮をあだむ是なり先先の諸難はさておき候いぬ、去年九月十二日・御勘気をかほりて其の夜のうちに頭をはねらるべきにて・ありしが・いかなる事にやよりけん彼の夜は延びて此の国に来りていままで候に世間にも・すてられ仏法にも・すてられ天も・とぶらはれず二途にかけたるすてものなり、而るを何なる御志にて・これまで御使を・つかはし御身には一期の大事たる悲母(おんはは)の御追善第三年の御供養を送りつかはされたる両三日は・うつつとも・おぼへず、彼の法勝寺の修行がいはをが(硫黄)嶋にて・としごろつかひける童(わらべ)にあひたりし心地なり、胡(こ)国の夷陽公(いようこう)といひしもの漢土にいけどられて北より南へ出(いで)けるに飛びまひける雁(かり)を見てなげきけんも・これには・しかじとおぼへたり。

 但し法華経に云く「若し善男子善女人我が滅度の後に能(よ)く竊(ひそ)かに一人の為にも法華経の乃至一句を説かん、当に知るべし是の人は則ち如来の使如来の所遣(しょけん)として如来の事を行ずるなり」等云云、法華経を一字一句も唱え又人にも語り申さんものは教主釈尊の御使なり、然れば日蓮賤身(いやしき)なれども教主釈尊の勅宣を頂戴(ちょうだい)して此の国に来れり、此れを一言もそしらん人人は罪を無間に開き一字一句も供養せん人は無数の仏を供養するにも・すぎたりと見えたり。

 教主釈尊は一代の教主・一切衆生の導師なり、八万法蔵は皆金言・十二部経は皆真実なり、無量億劫(こう)より以来持ち給いし不妄語戒の所詮は一切経是なり、いづれも疑うべきにあらず、但是は総相なり別してたづぬれば如来の金口より出来して小乗・大乗・顕密・権経・実経是あり、今この法華経は「正直捨方便等・乃至世尊法久後・要当説真実」と説き給う事なれば誰の人か疑うべきなれども多宝如来・証明を加へ諸仏・舌を梵天(ぼんてん)に付け給う、されば此の御経は一部なれども三部なり一句なれども三句なり一字なれども三字なり、此の法華経の一字の功徳は釈迦・多宝・十方の諸仏の御功徳を一字におさめ給う、たとへば如意宝珠の如し一珠も百珠も同じき事なり一珠も無量の宝を雨(ふら)す百珠も又無尽の宝あり、たとへば百草を抹(す)りて一丸乃至百丸となせり一丸も百丸も共に病を治する事これをなじ、譬へば大海の一滴も衆流を備へ一海も万流の味を・もてるが如し。

 妙法蓮華経と申すは総名なり二十八品と申すは別名なり、月支と申すは天竺の総名なり別しては五天竺是なり、日本と申すは総名なり別しては六十六州これあり、如意宝珠と申すは釈迦仏の御舎利なり竜王にこれを給いて頂上に頂戴して帝釈是を持ちて宝をふらす、仏の身骨の如意宝珠となれるは無量劫来持つ所の大戒・身に薫(くん)じて骨にそみ一切衆生をたすける珠となるなり。たとへば犬の牙の虎の骨にと(渙)く魚の骨の鸕(う)の気(いき)に消ゆるが如し、乃至・師子の筋(すじ)を琴の絃にかけて・これを弾(ひ)けば余の一切の獣の筋の絃皆きらざるに・やぶる、仏の説法をば師子吼(ししく)と申す乃至法華経は師子吼の第一なり。

仏には三十二相そなはり給う一一の相・皆百福荘厳なり、肉髻(にくけい)・白毫(びゃくごう)なんど申すは菓の如し因位の華の功徳等と成つて三十二相を備え給う、乃至無見頂相と申すは釈迦仏の御身は丈六なり竹杖外道は釈尊の御長(みたけ)をはからず御頂(おんいただき)を見奉らんとせしに御頂を見たてまつらず、応持菩薩も御頂を見たてまつらず、大梵(だいぼん)天王も御頂をば見たてまつらず、これは・いかなるゆへぞと・たづぬれば父母・師匠・主君を頂(いただき)を地につけて恭敬(くぎょう)し奉りしゆへに此の相を感得せり。

乃至梵音声と申すは仏の第一の相なり、小王・大王・転輪王等・此の相を一分備へたるゆへに此の王の一言に国も破れ国も治まるなり、宣旨と申すは梵音声の一分なり、万民の万言・一王の一言に及ばず、則ち三墳(さんぷん)・五典なんど申すは小王の御言なり、此の小国を治め乃至大梵天王三界の衆生を随ふる事・仏の大梵天王・帝釈等をしたがへ給う事もこの梵音声なり、此等の梵音声一切経と成つて一切衆生を利益す、其の中に法華経は釈迦如来の書き顕して此の御音(みこえ)を文字と成し給う仏の御心はこの文字に備れり、たとへば種子と苗と草と稲とは・かはれども心はたがはず。

釈迦仏と法華経の文字とはかはれども心は一つなり、然れば法華経の文字を拝見せさせ給うは生身の釈迦如来にあひ進らせたりと・おぼしめすべし。
此の志佐渡の国までおくり・つかはされたる事すでに釈迦仏知(しろ)し食し畢(おわ)んぬ、実に孝養の詮なり、恐恐謹言。

文永九年 月  日                            日 蓮 在 御 判
四条三郎左衛門尉殿御返事

by johsei1129 | 2019-10-18 21:53 | 四条金吾・日眼女 | Trackback | Comments(0)
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