日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 02月 27日

大闇をば日輪やぶる女人の心は大闇のごとし法華経は日輪のごとし、と説いた【同生同名御書】

【同生同名御書】
■出筆時期:文永九年(西暦1272年)四月 五十一歳 御作。
■出筆場所:佐渡・一の谷、一谷入道の屋敷にて。
■出筆の経緯:本書は大聖人が塚原三昧堂から一谷入道の屋敷へ移居された頃、四条金吾が鎌倉から大聖人の元を訪れている。その金吾を佐渡へ送り出した妻の志を称えて、したためたご消息文で、金吾が鎌倉に戻る時に託されています。
本書では「日蓮が大難に遭う中、人目をもはばからず、命をもおしまず法華経を御信用ある事ただ事ともおぼえず」と、金吾の妻の信心の強さを称えるとともに、冒頭で「大闇をば日輪やぶる女人の心は大闇のごとし法華経は日輪のごとし」と説いて、法華経への信仰を貫き通すことを諭しておられます。
■ご真筆: 現存していない。


[同生同名御書 本文]


 大闇をば日輪やぶる、女人の心は大闇のごとし法華経は日輪のごとし、幼子は母をしらず母は幼子をわすれず、釈迦仏は母のごとし、女人は幼子のごとし。二人たがひに思へば・すべてはなれず一人は思へども一人思はざれば・あるときはあひ・あるときはあわず。仏は・をもふものの・ごとし女人は・をもはざるものの・ごとし。我等仏を・をもはば・いかでか釈迦仏・見え給はざるべき。
 石を珠といへども珠とならず、珠を石といへども石とならず。権経の当世の念仏等は石のごとし、念仏は法華経ぞと申すとも法華経等にあらず。又法華経をそしるとも珠の石とならざるがごとし。

 昔唐国に徽宗皇帝と申せし悪王あり。道士と申すものにすかされて仏像・経巻をうしなひ僧尼を皆還俗せしめしに一人として還俗せざるものなかりき。其の中に法道三蔵と申せし人こそ、勅宣をおそれずして面にかなやきを・やかれて江南と申せし処へ流されて候いしが、今の世の禅宗と申す道士の法門のやうなる悪法を御信用ある世に生れて、日蓮が大難に値うことは法道に似たり。おのおの・わずかの御身と生れて鎌倉にゐながら人目をも・はばからず命をも・おしまず法華経を御信用ある事ただ事とも・おぼえず。但おしはかるに濁水に玉を入れぬれば水のすむがごとし。しらざる事を・よき人に・おしえられて其のままに信用せば道理に・きこゆるがごとし。釈迦仏・普賢菩薩・薬王菩薩・宿王華菩薩等の各各の御心中に入り給へるか。

 法華経の文に閻浮提に此の経を信ぜん人は普賢菩薩の御力なりと申す是なるべし。女人は・たとへば藤のごとし、をとこは松のごとし須臾も・はなれぬれば立ちあがる事なし。
はかばかしき下人もなきに、かかる乱れたる世に此のとのをつかはされたる心ざし、大地よりも・あつし、地神定めてしりぬらん、虚空よりも・たかし、梵天帝釈もしらせ給いぬらん。

 人の身には同生同名と申す二のつかひを、天生るる時よりつけさせ給いて、影の身に・したがふがごとく須臾も・はなれず、大罪・小罪・大功徳・小功徳すこしも・おとさず、かはる・かはる天にのぼて申し候、と仏説き給う。
 此の事ははや天も・しろしめしぬらん、たのもしし・たのもしし。

四月 日              日 蓮 花押
四条金吾殿女房御返事

此の御文は藤四郎殿の女房と常によりあひて御覧あるべく候。

by johsei1129 | 2015-02-27 23:03 | 四条金吾・日眼女 | Trackback | Comments(0)
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