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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 09月 23日

十方仏土の中には法華経より外は全くなきなり、と説いた【四条金吾殿御消息】

【四条金吾殿御消息】
■出筆時期:文永八年(西暦1271年)九月二一日 五十歳御作。
■出筆場所:相模・依智、本間重連の屋敷て。
■出筆の経緯:本書述作の九日前の九月十二日、日蓮大聖人は竜の口で処刑されるという生涯最大の難に遭われている。光り物の出現で処刑できなかった結果、大聖人は翌十三日の正午頃、相模依智の本間重連(佐渡守護代)の屋敷に到着、預かりの身となる。本書は竜の口の処刑場に自らも腹を切る覚悟で馳せ参じた四条金吾に宛てられたご消息文である。大聖人は本書で「日蓮霊山にまいりて、まず四条金吾こそ、法華経の御故に日蓮とをなじく腹切らんと申し候なりと申し上げ候べきぞ」と金吾の師への強い思いを讃えられている。
■ご真筆: 現存していない。

[四条金吾殿御消息 本文]  [英語版]

 度度の御音信(おとづれ)申しつくしがたく候。さても、さても去(いぬ)る十二日の難のとき、貴辺たつのくち(竜口)までつれさせ給い、しかのみならず、腹を切らんと仰せられし事こそ、不思議とも申すばかりなけれ。日蓮過去(世)に妻子・所領・眷属(けんぞく)等の故に、身命を捨てし所いくそばくかありけむ。 或は山にすて、海にすて、或は河、或はいそ等、路のほとりか、然れども法華経のゆへ、題目の難にあらざれば、捨てし身も蒙る難等も成仏のためならず。成仏のためならざれば、捨てし海・河も仏土にもあらざるか。

 今度法華経の行者として流罪・死罪に及ぶ。流罪は伊東、死罪はたつのくち、相州のたつのくちこそ日蓮が命を捨てたる処なれ仏土におとるべしや。其の故はすでに法華経の故なるがゆへなり。 

 経に云く「十方仏土中唯有一乗法」と。此の意なるべきか。此の経文に一乗法と説き給うは法華経の事なり、十方仏土の中には法華経より外は全くなきなり、除仏方便説と見えたり。 若し然らば日蓮が難にあう所ごとに仏土なるべきか。 

娑婆(しゃば)世界の中には日本国、日本国の中には相模の国、相模の国の中には片瀬(かたせ)、片瀬の中には竜口に日蓮が命をとどめをく事は法華経の御故なれば、寂光土ともいうべきか。神力品に云く「若しは林中に於ても、若しは、園中に於ても、若しは山谷曠野にても、是の中に乃至般涅槃したまう」とは是か。

かかる日蓮にともなひて、法華経の行者として腹を切らんとの給う事、かの弘演が腹をさいて主の懿(い)公がきも(肝)を入れたるよりも百千万倍すぐれたる事なり。日蓮、霊山にまいりて、まづ四条金吾こそ法華経の御故に日蓮とをなじく腹切らんと申し候なりと申し上げ候べきぞ。

かまくらどの(鎌倉殿)の仰せとて、内内、佐渡の国へつかはすべき由、承り候。三光天子の中に月天子は光物(ひかりもの)とあらはれ竜口の頚をたすけ、明星天子は四五日已前に下りて日蓮に見参し給ふ。いま日天子ばかりのこり給ふ定めて守護あるべきかとたのもしたのもし。

 法師品に云く「則ち、変化人を遣はして、之が為に衛護と作さん」と、疑あるべからず。安楽行品に云く「刀杖も加へず」普門品に云く「刀尋いて段段に壊れなん」と、此等の経文よも虚事にては候はじ。強盛の信力こそありがたく候へ。恐恐謹言。
       
文永八年九月二十一日         日 蓮  花 押
四条金吾殿

by johsei1129 | 2019-09-23 18:43 | 四条金吾・日眼女 | Trackback | Comments(0)
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