人気ブログランキング |

日蓮大聖人『御書』解説

nichirengs.exblog.jp
ブログトップ
2015年 02月 17日

竜の口の法難は、法華経勧持品の「刀杖を加え乃至数数擯出せられん」である、と説いた【転重軽受法門】

【転重軽受法門】
■出筆時期:文永八年(西暦1271年)十月五日 五十歳御作
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■出筆の経緯:本書の述作の前月の九月十二日、日蓮は竜の口で断首という生涯最大の難に遭われている。光り物の出現で処刑できなかった結果、大聖人は一ヶ月ほど相模依智の本間重連(佐渡守護代)の屋敷に預かりのみとなる。本書は本間重連邸から佐渡に出立した翌月十日の五日前に、下総方面の強信徒・大田乗明、蘇谷入道、金原法橋御房の3人に宛てた御消息文である。大聖人は弟子・信徒に及んだ今度の難について「先業の重き今生につきずして未来に地獄の苦を受くべきが、今生にかかる重苦に値い候へば地獄の苦みぱつときへて死に候へば人天・三乗・一乗の益をうる事の候」と三人の信徒を励まされている。
■ご真筆: 中山法華経寺 所蔵。
f0301354_2384294.jpg


[転重軽受法門 本文]

修利槃特と申すは兄弟二人なり、一人もありしかば・すりはんどくと申すなり。各各三人は又かくのごとし一人も来らせ給へば三人と存じ候なり。

 涅槃経に転重軽受と申す法門あり。先業の重き今生につきずして未来に地獄の苦を受くべきが、今生にかかる重苦に値い候へば、地獄の苦みぱつときへて死に候へば、人天・三乗・一乗の益をうる事の候。

  不軽菩薩の悪口罵詈せられ、杖木瓦礫をかほるもゆへなきにはあらず、過去の誹謗正法のゆへかとみへて「其罪畢已」と説れて候は、不軽菩薩の難に値うゆへに過去の罪の滅するかとみへはんべり一是。
 
 又付法蔵の二十五人は、仏をのぞきたてまつりては、皆仏のかねて記しをき給える権者なり、其の中に第十四の提婆菩薩は外道にころされ、第二十五師子尊者は檀弥栗王に頚を刎られ、其の外仏陀密多竜樹菩薩なんども多くの難にあへり。又、難なくして王法に御帰依いみじくて法をひろめたる人も候。これは世に悪国善国有り、法に摂受折伏あるゆへかと、みへはんべる。正像猶かくのごとし、中国又しかなり。これは辺土なり末法の始なり。かかる事あるべしとは先にをもひさだめぬ、期をこそまち候いつれ二是。

 この上の法門は、いにしえ申しをき候いきめづらしからず、円教の六即の位に観行即と申すは、所行如所言、所言如所行と云云。理即名字の人は円人なれども、言のみありて真なる事かたし。例せば外典の三墳五典には読む人かずをしらず。かれがごとくに世ををさめふれまう事、千万が一つもかたしされば世のをさまる事も又かたし。法華経は紙付に音をあげてよめども、彼の経文のごとくふれまう事かたく候か。

譬喩品に云く「経を読誦し書持すること有らん者を見て軽賤憎嫉して結恨を懐かん」、法師品に云く「如来現在すら猶怨嫉多し況や滅度の後をや」、勧持品に云く「刀杖を加え乃至数数擯出せられん」安楽行品に云く「一切世間怨多くして信じ難し」と。

 此等は経文には候へども、何世にかかるべしともしられず、過去の不軽菩薩、覚徳比丘なんどこそ身にあたりてよみまいらせて候いけると、みへはんべれ。現在には正像二千年はさてをきぬ、末法に入つては此の日本国には当時は日蓮一人みへ候か。昔の悪王の御時、多くの聖僧の難に値い候いけるには又所従、眷属等、弟子檀那等いくぞばくかなげき候いけんと、今をもちてをしはかり候。今日蓮、法華経一部よみて候、一句一偈に猶受記をかほれり、何に況や一部をやと。いよいよたのもし。但おほけなく国土までとこそ、をもひて候へども、我と用いられぬ世なれば力及ばず。しげきゆへにとどめ候い了んぬ。

文永八年辛未十月五日             日 蓮 花押
大田左衛門尉殿
蘇谷入道殿
金原法橋御房
御返事

by johsei1129 | 2015-02-17 23:09 | 大田乗明・尼御前 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://nichirengs.exblog.jp/tb/23685014
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。


<< 上(幕府)のせめさせ給うにこそ...      南無妙法蓮華経 Nam-myo... >>