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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 02月 05日

白袈裟を着る三つの所以 【当家三衣抄】十二


問う、当流(ある)(とき)白袈裟を()す、謂われ無くんばある可からず、応に之を聞くことを得べけんや。

答う、此れに多くの謂われ有り、今略して之を示さん。

一には(さい)(ごく)初心の()(そく)の位を表する故に、謂わく、泥色の中に於て亦六即を分かつ、白色は是れ理即なり、(たん)(ぱく)は是れ名字即なり、乃至黒色は是れ究竟(くきょう)(そく)なり、況や(また)天台宗初心の比丘(びく)及び京都宗門の諸寺の新発意(しんぽっち)の如き、始めて袈裟を()くる時は必ず先ず白袈裟を係く、豈最極初心を表するに非ずや。
 血脈抄に云わく「日蓮は名字即の位、弟子
檀那(だんな)は理即の位なり」云云。

二には蓮祖或時白袈裟を()けたもう故に、謂わく、正中山(しょうちゅうざん)に蓮祖の御袈裟之有り、地は新田(にた)(やま)(ぎぬ)にして白袈裟なり、蓮師御身を謙下(けんげ)して理即の位を表し白袈裟を()けたまうか、本尊抄に云わく「末代理即の我等」云云。之を思い合わす可し。蓮祖(なお)(しか)り、況や末弟をや。

三には(びゃく)蓮華を表する故に、此れ亦二意有り。

一には当体の蓮華を表す、謂わく、薄墨の衣の上に白袈裟を係く、豈泥水(でいすい)白蓮華を生ずるに非ずや、此れ即ち吾が当体蓮華を表するなり。故に本門寿量当体の蓮華仏とは(ただ)当流の行者に限るなり。

二に世法に染まざることを表す、謂わく、薄墨の衣の上に白袈裟を係く、豈泥濁(でいじょく)に在りと雖も泥濁に染まらざるに非ずや、(にょ)(げん)三昧(さんまい)(きょう)に袈裟亦蓮華衣と名づけ、亦()染服(ぜんふく)と名づくるなり。涌出品に云わく「不染世間法、如蓮華在水」云云。是の故に但本化(ほんげ)の末弟に限るなり。



            釈迦仏法の滅尽の相を説きつくす につづく



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by johsei1129 | 2015-02-05 20:59 | 日寛上人 六巻抄 | Trackback | Comments(0)
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