人気ブログランキング | 話題のタグを見る

日蓮大聖人『御書』解説

nichirengs.exblog.jp
ブログトップ
2015年 01月 31日

薄墨を用いる四つの所以 【当家三衣抄】四

次に薄墨(うすずみ)を用いる道理とは、

問う、法衣の色に但薄墨を用いる()の謂われ如何。

答う、(また)多意有り。

一には是れ名字即を表するが故なり。謂わく、末法は是れ本未(ほんみ)()(ぜん)の衆生にして最初下種の時なり、(しか)るに名字即は是れ下種の位なり、故に(けい)(けい)云わく「聞法を種と為す等」云云。聞法(あに)名字に非ずや、種と為す(あに)下種の位に非ずや。故に名字即を表して但薄墨を用うるなり。

二には是れ他宗に簡異(かんい)せんが為なり。謂わく、当世の他宗名利(みょうり)の輩は内徳を修せず(もっぱ)ら外相を(かざ)綾羅(りょうら)錦繍(きんしゅう)以て其の身に(まと)い、青黄の五綵(ごさい)衆生を耀動(ようどう)す。(しん)()上色(じょうしき)金襴(きんらん)の大衣は夫人・孺子(じゅし)をして愛敬(あいきょう)の想いを生ぜしめ、以て衆人の供養を()つなり。今()くの如きの輩に簡異せんが為に、但薄墨を用いるなり、(さっ)()多論(たろん)に「外道と異にする為に(さん)()を着す」と言うは是れなり。

三には是れ順逆二縁を結ばんが為なり、謂わく、僧祇(ぞうぎ)(りつ)に云わく「(さん)()は是れ賢聖沙門の(ひょう)()なり」、(さい)縁記(えんき)に云わく「軍中の標幟は()かつ所有るが故に」云云。標幟は即ち是れ旗幟(はたじるし)なり。(およ)そ諸宗諸門の標幟と当門の標幟と其の相雲泥にして源平の紅白よりも明らかなり、故に信ずる者は()せ集まりて順縁を結び、(そし)る者は敵と成って逆縁を結ぶ、故に但薄墨を用いうるなり。

四には是れ自門の非法を制せんが為なり、悲しい(かな)(ぎょう)()の沙門行跡多くは(よろし)らず、是れ(しか)しながら自宗・他宗、自門・他門皆是れ黒衣等にして更に分かつ可き所無きが故に悪侶(あくりょ)心を(ほしいまま)にして多く非法を行じ、(なお)罪を他宗他門に()さんとす。然るに当門流の法衣は顕著にして更に(まぎ)るる所無し、故に名乗らずと雖も(しか)も万人之を知る、故に若侶(じゃくりょ)たりと雖も(なお)()いて之を恥じ忍んで多くは非法を行ぜず、故に但薄墨を用いるなり。

註解
〇澆季 世の道徳・人情が腐敗していること。世の末。末の世。末世。澆は薄の意。



 日蓮大聖人の薄墨を説く につづく



当家三衣抄 目次  六巻抄 目次



by johsei1129 | 2015-01-31 16:00 | 日寛上人 六巻抄 | Trackback | Comments(0)


<< 日蓮大聖人の薄墨を説く 【当家...      素絹五条は是れ末法折伏の行に宜... >>