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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 01月 15日

久遠元初下種のわれらが妙覚に至る明文 【当流行事抄】寿量品篇四


 問う、
(しょ)第一四節の釈に(じゅん)ずるに、本因本果下種の輩多く近世に得脱す、地涌(じゆ)等是れなり。残る所は今日の序品に()(だつ)す、本種現脱(げんだつ)の人是れなり。故に知んぬ、本因果種の人(なお)迹門正宗に至らず、(いわん)や復久遠元初下種の輩、本門に至りて(まさ)に度脱を得可けんや。

答う、縁微少(みしょう)の故に、退して修せざる故に、(わく)(こう)(じゅう)の故に、根回(こんめぐら)し難き故に塵劫(じんこう)遠々(おんのん)(まさ)に得ることを(さまた)げざるなり。

問う、仮令(たとい)然りと雖も若し明文無くんば有智無智誰か之を信ず可けんや。

答う、明文有りと(いえど)も人之を見ず。宗祖云わく「文は睫毛(まつげ)の如し」と。(まこと)(ゆえ)有るかな、吾今之を示さん、他に向って説くこと(なか)れ云云。

疏の第九に云わく「(しか)るに本門の得道の数、衆経に倍す、(ただ)数多きのみに非ず、又(くん)(じゅう)日久(ひひさ)し、元本(がんぽん)より迹を()れ処々に開引し、中間(ちゅうげん)(あい)()うて数々(しばしば)成熟(じょうじゅく)今日(こんにち)五味に節々(せつせつ)調伏(じょうぶく)収羅(しゅうら)結撮(けっさつ)して法華に()()す」等云云。此の文正しく本門の得道を明かす、文を分かって二と為す。初めに横に多きことを明かし、次ぎに「非但(ひたん)の下は(たて)に久しきことを明かす、(また)分かって三と為す、初めに久遠元初の下種を明かし、二に「元本」の下は本果・中間・今日の調(じょう)(じゅく)を明かし、三に「(しゅう)()の下は体内の寿量の得脱を明かすなり云云。

 初めの文は見る可し。「(くん)(じゅ)(にっ)()とは釈尊久遠元初に一迷先達して余迷(よめい)に教うる時、順逆二縁に始めて仏種を下し、爾来(じらい)其の種漸々(ぜんぜん)に薫修すること五百塵点(じんてん)(ぶう)(ばい)上数(じょうしゅ)塵々(じんじん)劫々(こうごう)久々(くく)遠々(おんのん)なり、故に薫修日久と言うなり。(しか)るに機縁(すで)に熟して仏の出世を感ず。故に久遠元初の本より本果第一番の迹を()れ、五時に経歴(きょうりゃく)して開化引導す。故に「元本垂迹処々開引」と云うなり。元本の二字に(こころ)を留めて見る可し。第二番の後、今日(こんにち)已前、世々番々にして之を調熟す、故に「中間(ちゅうげん)相値(そうち)数々(さくさく)成熟(じょうじゅく)と言うなり。(およ)そ「中間」とは第二番より後、今日(こんにち)已前を(まさ)に中間と名づく、此れは是れ台家(じょう)()法相(ほっそう)なり。故に知んぬ「元本垂迹」等の文は正しく本果第一番に当たるなり、()()の君子深く之を案ず可し。今日(こんにち)四味(しみ)及以(および)迹門(しゃくもん)(また)之を調伏す、故に「今日五味節々調伏」と云うなり。(しか)るに後、体内寿量に至って皆(ことごと)く久遠元初の下種の法華に帰会(きえ)し、名字妙覚の極位に至らしむ、故に「収羅(しゅうら)結撮(けっさつ)帰会法華」と云うなり云云、明文赫々(かくかく)たり、誰か之を信ぜざらんや。


                    発迹顕本を説き明かす につづく  


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by johsei1129 | 2015-01-15 22:22 | 日寛上人 六巻抄 | Trackback | Comments(0)
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