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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 01月 12日

方便品読誦の意味を説き明かす 【当流行事抄】方便品篇六


問う、日辰造読論(ぞうどくろん)の中に当山鎮師(ちんし)の記を引いて云わく「日代云わく、迹門は施迹(せしゃく)の分には捨つべからず云云、日道師云わく、施開廃(せかいはい)(とも)に迹門は捨つ可し」已上。又日道師、日尊師に(こた)うる書に云わく「或は天目(てんもく)に同じ迹門を()むべからず、或は鎌倉方に同じて迹門に得道有り等云云、日道一人正義を立て候」略抄。天目に同ずる者は讃州(さんしゅう)の日仙なり、鎌倉方に同ずる者は即ち日代師なり。此の義如何(いかん)云云。

問う、日尊師実録に云わく「迹門は衆生(しゅじょう)(ほう)(みょう)、本門は仏法(ぶっぽう)(みょう)、観心は即ち心法(しんぽう)(みょう)なり。方便品には心法(しょ)()の衆生法妙を説き、寿量品には心法所具の仏法妙を説く。題目は心法の直体(じきたい)なり。()くの如き深意を知らずして所破の為に之を読む」等云云。実録は即ち是れ日大の所述なり。此の義如何(いかん)云云。

今更に未解(みげ)の者の為に要を取りて之を言わば、(しばら)く「唯仏(ゆいぶつ)与仏(よぶつ)等の一文の如き(ひろ)く之を論ずれば(すなわ)(しか)も多意を成す。

謂わく、所破(しょは)の辺、自ら二意を含む。

一には体外(たいげ)の迹門、即ち是れ今日(こんにち)始成正覚の仏の所証の法なり、在々処々多く此の意に()る。

二には体内(たいない)の迹門、此れ即ち従本(じゅうほん)垂迹(すいじゃく)の仏の所証の法なり、読誦の意正しく(ここ)に在り。

(しゃく)(もん)の辺も又両意を含む。

一には近く久遠(くおん)本果所証の法を顕わすなり、通得引用多く此の意に拠る。

二には遠く久遠名字の所証の法を顕わすなり、読誦の意正しく(ここ)に在り云云。

当に知るべし、()し文底の眼を開く(とき)此の文即ち是れ久遠名字の本仏、唯仏与仏乃能(ないのう)究尽(くじん)なり云云。

            方便品読誦に「一念三千」を得たり につづく



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by johsei1129 | 2015-01-12 20:14 | 日寛上人 六巻抄 | Trackback | Comments(0)
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