【六巻抄】日蓮正宗二十六世、日寛上人著。江戸時代の享保十年(1725年)日蓮宗各派の邪義が横行していたのを破折した書。六巻からなる。
三重秘伝抄 第一
文底秘沈抄 第二
依義判文抄 第三
末法相応抄 第四
当流行事抄 第五
当家三衣抄 第六
日寛上人は無数ともいえる疑問に答えることによって正邪を決し、日蓮大聖人の仏法の正当性を証明した。
(日享上人「六巻抄註解についての総序」参照)
【日寛】
寛文五年(一六六五)~享保十一年(一七二六)。字は覚真。上州(群馬県)前橋の城主・酒井雅樂守の家臣伊藤浄円の子として生まれる。
十八歳の時、下谷の常在寺で日精の説法を聞いて出家を決意。出家後は日永のもとで修業に励み、元禄二年(一六八九)に名を日寛とあらためた。正徳元年(一七一一)第六代の学頭となる。この間、日蓮大聖人の正義を宣揚し、宗門の興隆に尽力した。主な著作に御書五大部の文段、六巻抄がある。享保三年(一七一八)、第二十五世日宥から血脈の付属をうけ、大石寺法主となる。第九世の日有とともに中興の祖といわれる。