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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 01月 09日

日興上人、同じく造仏を制止し、妙法五字を勧む 【末法相応抄下】十四


問う、又(にっ)(しん)が記に云わく、興師の御筆の中に造仏制止の文全く之無き所なり云云、此の義如何。

答う、(いま)明文を引いて日辰が慢憧(まんどう)を倒す可し、開山上人門徒存知に云わく「聖人御立(おたて)の法門は全く絵像・木像の仏菩薩を以て本尊と為さず、(ただ)御書の意に任せて妙法蓮華経の五字を以て本尊と為す可し」云云。

開山の本意此の文に分明なり、「全」「唯」の両字意を留めて見る可し。日辰如何(いかん)

問う、興師五人所破抄に云わく「五人一同に云わく、立像の釈迦仏を本尊と()す可し云云。日興が云わく、諸仏の荘厳同じと(いえど)(いん)(けい)()って異を弁ず、如来の本迹(はか)り難し、眷属(けんぞく)を以て之を知る、乃至一体の形像(あに)頭陀(ずだ)の応身に非ずや、()執する者(なお)帰依(きえ)を致さんと欲せば(すべから)く四菩薩を加うべし、()えて一体仏(いったいぶつ)を用うる(なか)れ」云云。

此の文(むし)(ただ)一体仏を(しりぞ)けて四脇士を加うるを許すに非ずや。

答う、此れは是れ(しばら)く一縁の為なり、故に「強いて執する者」等と云うなり。又波木井(はきり)殿御返事に云わく「仏は上行等の四脇士を造り()(まい)らせ、()(じょう)の釈尊を造立し進らせて、又安国論の趣に(ちが)う可からず」(富要五巻二五)等の文、(また)強執(きょうしゅう)の一機の為なり。前に准じて知るべし。

問う、又原殿御返事に云わく「日蓮聖人出世の本懐(ほんかい)南無妙法蓮華経の教主釈尊、久遠(じつ)(じょう)如来の絵像は一二人書き奉り候えども(いま)だ木像をば誰も造り奉らず候。入道殿御微力を以て形の如く造立し奉らんと(おぼ)()し立ち候に御用途(ごようと)も候わず、乃至御力も(かな)い給わずんば御子孫の御中に造り給う(ひと)出来(しゅったい)し給うまでは聖人の文字に遊ばしたるを御安置候え」云云。

此の文如何。

答う、蓮師出世の本懐、前に門徒存知を引き「全」「唯」の両字(あたか)も日月の如し。故に知んぬ、一体仏に望みて(しばら)く久成の仏像を以て出世の本懐と云うなり。例せば()(ぜん)に望みて迹門を本懐と為すが如し、是れ真実の本懐に非ざるなり。学者(まさ)に知るべし、(なお)是れ宗門草創の時なり、(たと)い信心の輩も未だ是れ一(てつ)ならず。是の故に容預之を誘引し(ことさら)(こと)を子孫の中に寄せて意は実に造立を制止するなり。若し強いて是れ本懐と言わば開山(なん)ぞ之を造立せざるや。

問う、又門徒存知に云わく「伊予阿闍(あじゃ)()下総国真間(まま)堂は一体仏なり、而も年月を経て日興が義を盗み取り四脇士を造り()う」等云云。

既に「日興が義」と云う、何ぞ制止と云うや。

答う、若し五人一同の義とは「立像の釈迦を本尊と()す可し」云云。若し興師の正義は全く絵像・木像を以て本尊と為さず、(ただ)妙法五字を以て本尊と為すなり云云。而も()執する者(なお)帰依を致さんと欲せば四菩薩を加うるを許すなり。故に四脇士を造り()うるは是れ五人の義に非ず、興師一機の為に(しばら)く之を許す義なり、故に「日興が義」と言い、是れ正義と()うには非ざるなり。

問う、日尊実録に云わく「日興上人(おお)せに云わく、末法は(じょく)(らん)なり三類の強敵(ごうてき)之有り、(しか)るに木像等の色相荘厳の仏は崇敬(はばか)り有り、香華灯明の供養も(かな)うべからず、広宣流布の時まで大曼荼羅を安置し奉る可し」云云。()し此の文に准ぜば広宣流布の時には両尊等を造る可きや。

答う、広布の時と(いえど)も何ぞ之を造立せん。故に此の文亦事(またこと)を三類の強敵等に寄せ、広宣流布の時に譲る、(しか)も其の意、実には当時の造立を制止するなり。

問う、三位(さんみ)日順の心底抄に云わく「戒壇の方面は地形(ぢぎょう)に依る可し、安置の仏像は本尊の図の如し云云。又日代師日印に(こた)うる書簡に云わく「仏像造立の事、本門寺建立の時なり、未だ勅許(ちょっきょ)有らず、国主御帰依の時、三箇の大事一度に成就せしむ可きの由の御本意なり、御本尊の図は其の為なり、只今仏像造立(とが)無く、私の戒壇又建立せらる可く候か」云云。此等の師の意、(あに)仏像造立を広布の時に約するに非ずや。

 答う、(また)是れ当時の造立を制せんが為に(しばら)く事を広布の時に寄するか。(まさ)に知るべし、開山上人、御弟子衆に対するの日、(なお)(よう)()進退有り、是れ宗門最初の故に(よろ)しく信者を将護すべき故なり。


末法相応抄(おわ)んぬ

                      六十一歳 日寛 在判
享保(きょうほう)
十乙巳五月上旬大坊に於て之を書す



                 当流行事抄 へつづく


by johsei1129 | 2015-01-09 23:38 | 日寛上人 六巻抄 | Trackback | Comments(0)
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