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日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 01月 02日

末法は下種の仏を本尊となすべし【末法相応抄下】一


末法相応抄下

問う、末法蓮祖の門弟、色相荘厳の仏像を造立(ぞうりゅう)して本尊と為すべきや。

答う、然るべからざるなり、将に此の義を明かさんとするに(しばら)く三門に約す。

初めに道理とは、一には是れ熟脱の教主なるが故に、()わく、(およ)そ末法は是れ下種の時なり、故に下種の仏を本尊と為すべし。(しか)るに釈尊は久遠に下種し大通に結縁し、其の機(ようや)く熟し、仏の出世を感ず、故に本より迹を()れ王宮に誕生し樹下に成道(じょうどう)す、世情に随順し色相を荘厳し、爾前(にぜん)迹門を演説し(ようや)く其の機を熟し、次ぎに本門寿量を説きて(ことごと)得脱せしむ。故に色相荘厳の尊容は在世熟脱の教主にして、末法下種の本仏に非ず、故に造立して本尊と()ざるなり。
 血脈抄に云わく「仏は熟脱の教主、
(それがし)は下種の法主なり」云云。

二には是れ三徳の縁浅きが故に、謂わく、三徳有縁(うえん)を本尊と為すべし。然るに正像の群類は本已(ほんい)()(ぜん)なり、故に色相の仏に於て其の縁最も深し。末法の衆生は(ほん)()()(ぜん)なり、故に色相の仏に於て三徳の縁浅し。故に造立して本尊と為ざるなり。
 太田抄に云わく「正像二千年に
(なお)下種の者有り、今既に末法に入り在世結縁(けちえん)の者は漸々(ぜんぜん)衰微(すいび)して権実の二機皆(ことごと)く尽きぬ」云云。

三には是れ人法勝劣あるが故に、謂わく「凡そ本尊とは勝れたるを用ゆべし」。然るに色相の仏を以て若し法に望むれば、則ち勝劣(あたか)も天地の如し云云。(しょ)十-三十一に云わく「法は是れ聖の師、能生・能養・能成・能栄、法に過ぎたるは()し、故に人は軽く法は重し」云云。(せん)八-二十五に云わく「父母に非ざれば以て生ずること無く、師長に非ざれば以て(じょう)ずる無し、君主に非ざれば以て栄ゆる無し」云云。故に造立して本尊と()なり。



         絵像・木像をしりぞけ、妙法蓮華経の御本尊を説く につづく



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by johsei1129 | 2015-01-02 22:09 | 日寛上人 六巻抄 | Trackback | Comments(0)
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