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日蓮大聖人『御書』解説

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2014年 12月 31日

一部読誦の執着を破す 【末法相応抄】二


次ぎに外難を遮すとは、 問う、(にっ)(しん)が記に云わく「蓮祖身延九箇年の間読誦する所の法華経一部手に触るる分、黒白色を分かつ。十月中旬二日九年読誦の行功を拝見せしむ」云云、此の事如何(いかん)

答う、人の(ことば)(あやま)り多し、但文理に随わん。

天目(てんもく)日向(にこう)問答記(もんどうき)に云わく「大聖人一期(いちご)の行法は本迹なり、毎日の勤行は方便・寿量の両品なり、御臨終の時(また)(また)(しか)なり」云云。既に毎日の勤行は但是れ方便・寿量の両品なり、何んぞ九年一部読誦と云うや。

(また)身延山抄十八・初に云わく「昼は終日(ひねもす)一乗妙典の御法を論談し、夜は竟夜(よもすがら)要文誦持(じゅじ)の声のみす」(新定二三〇六)云云。既に終日竟夜の御所作、文に在って分明なり、何ぞ一部読誦と云うや。
 又佐渡抄十四・五に云わく「眼に止観・法華を
(さら)し口に南無妙法蓮華経と唱うるなり」云云。
 故に知んぬ、並びに説法習学の
巻舒(けんじょ)に由って(まさ)に触手の分有り、(なん)ぞ一概に読誦に由ると云わんや。(しか)(また)三時の勤行、終日(しゅうにち)(ちゅう)()一乗論談、要文誦持、習学口唱の(ほか)(さら)(おん)(いとま)有れば時々(よりより)或は一品一巻(まさ)に之れを読誦したもうべし。然りと(いえど)も宗祖は是れ四重の浅深、三重の秘法(みなもと)(きわ)め底を尽くし、一代の聖教八宗の章疏(しょうしょ)(むね)()(たなごころ)に握る、故に自他の行業自在無礙(むげ)なること、譬えば魚の水に()れ、鳥の虚空に(かけ)るが如し。故に時々(よりより)に之れを行ずと雖も何んの妨礙(ぼうげ)有らんや、而るに那んぞ蓮師を引いて(たやす)く末弟に()せんや。


 法華経一部への執着を破す  につづく
  
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by johsei1129 | 2014-12-31 16:24 | 日寛上人 六巻抄 | Trackback | Comments(0)
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