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日蓮大聖人『御書』解説

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2014年 12月 27日

本門の戒壇の建立を勧奨 【依義判文抄】十八


 三に「
()()(にょ)(とう)の下は即ち題目勧奨(かんしょう)なり「一心」と言うは即ち是れ信心なり「受持」等は見るべし。故に信行具足の本門の題目分明(ふんみょう)なり。

四に「所在国土」の下は即ち戒壇勧奨なり、文を(また)三と()す。初めに義の戒壇を示し、次に「是中」の下は()の戒壇を勧め、三に「所以(しょい)(しゃ)()の下は釈なり。

初めに義の戒壇を示すに(また)二と為す。
 初めに本門の題目修行の処を示し、次に「
(にゃく)経巻」の下は本門の本尊所住の処を明かす。故に知んぬ、本門の題目修行の処、本門の本尊所住の処並びに義は本門の戒壇に当たるなり。故に宗祖の云く「霊鷲山とは御本尊(なら)南無妙法蓮華り」云云又云云云。

次に「是中皆応」の下は(まさ)しく事の戒壇を勧むるなり。
 三大秘法抄十五-三十一に云わく「戒壇とは王法仏法に
(みょう)じ仏法王法に(がっ)して(おう)(しん)一同に三秘密の法を持ちて、有徳(うとく)(おう)(かく)(とく)比丘(びく)の其の乃往(むかし)を末法(じょく)(あく)の未来に移さん時、勅宣(ちょくせん)並びに御教書(みきょうしょ)を申し下して霊山(りょうぜん)浄土(じょうど)に似たらん最勝の地を(たず)ねて戒壇を建立すべき者か、時を待つべきのみ、()の戒法と申すは是なり」云云。
 「霊山浄土に似たらん最勝の地」とは
(まさ)に是れ富士山なるべきなり。
 録外の十六-四十一に云わく「日蓮一期(いちご)弘法(ぐほう)白蓮(びゃくれん)阿闍(あじゃ)()日興に之を付嘱す、本門弘通(ぐつう)の大導師たるべきなり、国主此の法を立てらるれば富士山に本門寺の戒壇を建立すべきなり、時を待つべきのみ、事の戒法と()うは是れなり」云云。(まさ)に知るべし「日蓮一期の弘法」とは即ち是れ本門の本尊なり「本門弘通」等とは(しょ)()は即ち是れ本門の題目なり、戒壇は文の如く全く神力品(じんりきぼん)結要(けっちょう)付嘱の文に同じ云云。秘すべし、秘すべし云云。

 三に「所以者何」の下は釈なり。(しょ)十-二十四に云わく「阿含(あごん)に云わく、仏の出世は(ただ)四処に塔を起つ、生処(しょうしょ)得道(とくどう)(てん)法輪(ぽうりん)(にゅう)涅槃(ねはん)なり」云云。
 文の八-十七に云わく「此の経は是れ
(ほっ)(しん)の生処」等云云。
 記の八本-十六に云わく「化身(けしん)の八相すら此の四相の処に尚応(なおまさ)に塔を起つべし、(いわん)(また)五師及び此の経の所在は即ち是れ法身の四処なり、(みな)応に塔を起つべきなり」云云。文中の「法身」等とは即ち是れ久遠元初の自受用身なり、今生身(しょうしん)に対する故に法身と云う、()()並びに是れ法身なるが故なり。
 南条抄二十二に云わく「教主釈尊の一大事の秘法を霊鷲山にして相伝し、日蓮が肉団の
胸中(きょうちゅう)に秘して(かく)し持てり、されば日蓮が胸の間は諸仏入定(にゅうじょう)(ところ)なり、舌の上は転法輪の処、(のんど)は誕生の処、口中(こうちゅう)は正覚の(みぎり)なるべし、()かる不思議なる法華経の行者の住処なれば(いか)でか霊山浄土に劣るべき、法(たえ)なるが故に人尊し、人尊きが故に(ところ)貴しと申すは是れなり」云云。
 応に知るべし「教主釈尊の一大事の秘法」とは即ち是れ本門の本尊なり「日蓮が肉団の胸中」とは即ち本尊所住の処、是れ
()の戒壇なり「されば日蓮が胸の間」等とは即ち今文に同じ、「()かる不思議なる法華経の行者の住処」等とは、所修は即ち是れ本門の題目なり「住処」と言うは題目修行の処、即ち義の戒壇なり。「法妙なるが故に人尊し」等とは(すなわ)ち上の義を証するなり。



                 われらが宗旨の三大秘法を結す  につづく


依義判文抄 目次  六巻抄 目次


by johsei1129 | 2014-12-27 16:58 | 日寛上人 六巻抄 | Trackback | Comments(0)
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