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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 10月 21日

天台伝教も仏記に及ばず、末法の始に仏説の如く法華経の行者世に出現せんかと説いた【法華行者逢難事】

【法華行者逢難事】
■出筆時期:文永十一年正月(西暦1274年) 十四日 五十三歳御作
■出筆場所:佐渡ヶ島一の谷、一谷入道邸にて。
■出筆の経緯:本書は佐渡の地から富木常忍他、在家の信徒に宛てられた書です。佐渡流罪について大聖人は、釈尊在世と滅後・正像二千年の間に法華経の行者は仏と天台・伝教の三人だが、『天台・伝教は仏記に及ばず。之を案ずるに末法の始に仏説の如き法華経の行者世に出現せんか』と説いて、二度の流罪及び断首という大難にあっている日蓮は、仏と並ぶ法華経の行者つまり末法の本仏であることを示唆しておられます
。また佐渡流罪で揺れる信徒に等に対し本書の後「追て申す」と追記され「かかる濁世には互につねに・いゐあわせてひまもなく後世ねがわせ給い」と信徒同士で結束し、後世善処を願う信仰を貫くよう励まされておられます。
■ご真筆: 中山法華経寺蔵(重要文化財)
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[ご真筆:追伸の部分]

[法華行者逢難事 本文]

法華経の第四に云く「如来の現在すら猶怨嫉(なおおんしつ)多し況(いわん)や滅度の後をや」等云云。同第五に云く「一切世間怨(あだ)多くして信じ難し」等云云。涅槃経の三十八に云く「爾の時に外道に無量の人有り○心瞋恚(しんに)を生ず」等云云。又云く「爾(そ)の時に多く、無量の外道有り和合して共に摩伽陀(まかだ)の王・阿闍世(あじゃせ)の前に往きぬ○今は唯一大悪人有り瞿曇沙門(くどんしゃもん)なり王未だ検校(けんぎょう)せず我等甚だ畏る。一切世間の悪人利養の為の故に其の所に往集して眷属(けんぞく)と為る、乃至迦葉・舎利弗・目犍連(もっけんれん)」等云云。如来現在猶多怨嫉(にょらいげんざいゆたおんしつ)の心是なり。得一(とくいち)大徳天台智者大師を罵詈(めり)して曰く「智公汝は是れ誰が弟子ぞ、三寸に足らざる舌根(ぜっこん)を以て覆面舌(ふめんぜつ)の所説の教時を謗ず」。又云く「豈(あに)是れ顛狂(てんきょう)の人に不(あら)ずや」等云云。南都(なんと)七大寺の高徳寺・護命僧都(ごみょうそうず)・景信(けいしん)律師等三百余人・伝教大師を罵詈して曰く「西夏(せいか)に鬼弁婆羅門(きべんばらもん)有り東土(とうど)に巧言(ぎょうげん)を吐く禿頭沙門(とくずしゃもん)あり、此れ乃ち物類冥召して世間を誑惑(おうわく)す」等云云。秀句に云く「浅きは易く深きは難しとは釈迦の所判なり、浅きを去つて深きに就(つ)くは丈夫の心なり。天台大師は釈迦に信順し法華宗を助けて震旦(しんたん)に敷揚(ふよう)し、叡山の一家は天台に相承し法華宗を助けて日本に弘通す」云云。

 夫れ在世と滅後と正像二千年の間に法華経の行者・唯三人有り。所謂(いわゆる)仏と天台・伝教となり。真言宗の善無畏(ぜんむい)・不空(ふくう)等・華厳宗の杜順(とじゅん)・智儼(ちごん)等・三論法相等の人師等は実経の文を会して権の義に順ぜしむる人人なり。竜樹(りゅうじゅ)・天親(てんじん)等の論師は内に鑒(かんが)みて外に発せざる論師なり。経の如く宣伝すること正法の四依も天台・伝教には如かず。而るに仏記(ぶっき)の如くんば末法に入つて法華経の行者有る可し。其の時の大難・在世に超過せんと云云。仏に九横(くおう)の大難有り。所謂孫陀利(そんだり)の謗(そしり)と金鏘(こんず)と馬麦(めみゃく)と琉璃(るり)の釈を殺すと、乞食空鉢(こつじきくうはつ)と旃遮女(せんしゃにょ)の謗と調達が山を推(お)すと、寒風に衣を索(もと)むるとなり。其の上一切外道(げどう)の讒奏(ざんそう)上に引くが如し。記文の如くんば天台・伝教も仏記に及ばず。

 之を以て之を案ずるに末法の始に仏説の如く行者世に出現せんか。而るに文永十年十二月七日・武蔵の前司殿より佐土の国へ下す状に云く自判之在り。

 佐渡の国の流人の僧日蓮弟子等を引率(いんそつ)し悪行を巧(たくら)むの由其の聞え有り、所行の企(くわだ)て甚だ以て奇怪なり、今より以後彼僧に相い随わん輩(やから)に於ては炳誡(へいかい)を加えしむ可し、猶以て違犯せしめば交名を注進せらる可きの由の所に候なり、仍(よっ)て執達件(しったつくだん)の如し。
文永十年十二月七日 沙門観恵上(かんえ・たてまつ)る
依智(えちの)六郎左衛門尉(じょう)等云云。

 此の状に云く、悪行を巧む等云云。外道が云く瞿曇(くどん)は悪人なり等云云。又九横の難一一に之在り。所謂琉璃殺釈(るりさっしゃく)と乞食空鉢と寒風索衣(かんぷうさくい)とは仏世に超過せる大難なり。恐くは天台・伝教も未だ此の難に値いたまわず、当に知るべし三人に日蓮を入れ四人と為して法華経の行者末法に有るか。喜(よろこばし)い哉況滅度後(かな・きょうめつどご)の記文に当れり、悲い哉(かな)国中の諸人阿鼻獄に入らんこと。茂(しげ)きを厭(いと)うて之を子細に記さず心を以て之を推せよ。

文永十一年甲戌正月十四日 日 蓮 花押
一切の諸人之を見聞し、志有らん人人は互に之を語れ。

追て申す、竜樹・天親は共に千部の論師なり。但(ただ)権大乗を申べて法華経をば心に存して口に吐きたまわず此に口伝有り。天台伝教は之を宣(の)べて本門の本尊と四菩薩と戒壇(かいだん)と南無妙法蓮華経の五字と之を残したもう。所詮一には仏・授与したまわざるが故に、二には時機未熟の故なり。今既に時来れり、四菩薩出現したまわんか、日蓮此の事先ず之を知りぬ。西王母(せいおうぼ)の先相には青鳥・客人の来相にはかん鵲(じゃく)是なり。各各我が弟子たらん者は深く此の由(よし)を存ぜよ、設(たと)い身命に及ぶとも退転すること莫(なか)れ。
富木・三郎左衛門の尉・河野辺・大和阿闍梨等・殿原(とのばら)・御房達(ごぼうたち)各各互に読聞(よみき)けまいらせさせ給え。かかる濁世(じょくせ)には、互につねに・いゐあわせてひまもなく後世ねがわせ給い候へ。

謹上 河野辺殿等中
  大和阿闍梨御房(やまとあじゃりごぼう)御中
  一切我弟子等中
  三郎左衛門尉殿
   富木殿               日 蓮





by johsei1129 | 2019-10-21 17:19 | 富木常忍・尼御前 | Trackback | Comments(0)
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