人気ブログランキング |

日蓮大聖人『御書』解説

nichirengs.exblog.jp
ブログトップ
2014年 12月 20日

受持読誦の三大秘法を説き明かす 【依義判文抄第三】四


 第一に法師品の「若復有人」等の文

法師品に云わく「若し(また)人有って妙法華経乃至一()をも受持し読誦(どくじゅ)し解説し書写せん、此の経巻に於て(うやま)()ること仏の如く種々に供養せん」等云云。
(まさ)に知るべし「受持」は即ち是れ本門の戒壇なり「読誦」等は本門の題目なり「()()経巻、敬視(きょうし)如仏」は本門の本尊なり、此の文に(すなわ)ち人法の本尊を含むなり。

問う、受持・読・誦等は是れ五種の妙行なり、何ぞ受持の両字を以て即ち本門の戒壇とせんや。

答う、開山上人(すで)に「応受(おうじゅ)()()(きょう)の文を以て即ち本門の戒壇と()す。故に今「受持」の両字を以て本門の戒壇と為すなり。若し(ひろ)く之を論ずれば受持の言に則ち三意を含む。一に所持の法体(ほったい)に約すれば即ち是れ本門の本尊なり。「畢竟(ひっきょう)(じゅう)一乗(いちじょう)の文を以て即ち本門の本尊と為すが如し、是れ所住の辺を取る、所住は即ち是れ所持の法体なり。二に能持の信行に約すれば即ち是れ本門の題目なり、「能持(のうじ)()経者(きょうしゃ)の文を以て即ち本門の題目と為すが如し。但し「能持是経」の「能」は能所の能と()うには非ざるなり。三に受持の儀式に約すれば即ち是れ本門の戒壇なり、此れ則ち作法受得の義なり。

問う、既に「読誦乃至一偈」と云う。故に知んぬ、(まさ)に一部に(わた)るべし、何ぞ唯題目と云うや。

答う、広略時に(かな)いて一准(いちじゅん)なるべからず、今既に末法なり、故に要法に約す。読誦と云うと雖も何ぞ広略に限らん。(まさ)しく本尊に向かって妙法を唱え奉るは即ち是れ読なり、本尊に向かわずして妙名を唱うるは即ち是れ(じゅ)なり、天台の所謂(いわゆる)文を()るを読と為し、忘れざるを誦と為す」とは是れなり。修禅寺(しゅぜんじ)(けつ)に曰く「天台大師行法の日記に云わく、読誦し奉る一切経の総要毎日一万遍」と、玄師伝に云わく「一切経の総要とは所謂妙法蓮華経の五字なり」云云。(あに)要行を読誦と云うに非ずや。又「妙法華経乃至一偈」と云うと雖も何ぞ広略に限らん、「仏欲(ぶつよく)()()妙法華経」及び「能持是経者」等の句の如き豈要法に非ずや、況や(また)句々之下通じて妙名を結す」の文之を思い合わすべし。

問う、法は是れ聖の師なり、何ぞ「於此経巻敬視如仏」と云うや。

 答う、若し()(もん)の辺は(しばら)く世情に順ずる故なり、若し(また)元意の辺は人法名は(こと)なれども其の(たい)異ならず、故に「如」と云うなり。


                     本門の戒壇建立の明文を説く  につづく


依義判文抄 目次   六巻抄 目次


by johsei1129 | 2014-12-20 18:01 | 日寛上人 六巻抄 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://nichirengs.exblog.jp/tb/23455769
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。


<< 本門の戒壇建立の明文を説く 【...      三大秘法の開合を説き明かす 【... >>