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日蓮大聖人『御書』解説

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2017年 09月 19日

九十三、青年時光への薫陶

時光は足しげく甲斐にむかった。

彼の日蓮にたいする疑いは微塵もない。それだけに敵も雲のようにわいた。

日蓮はあらゆる法敵に立ちむかう手はずを細かく教えた。その内容は、現代のわれわれにも目に浮かぶように生々しい。日蓮五十六歳、時光二十一歳の手紙である。

さるにては、殿は法華経の行者に()させ給へりとうけ給はれば、もってのほかに人の()たしきも、()ときも、日蓮房を信じてはよもまど()いなん、(かみ)御気色(みけしき)もあしくなりなんと、かたう(方人)どなるやうにて御()くむ()候なれば、賢人までも人のたばかりをそ()ろしき事なれば、一定法華経すて給ひなん。なかなか()へてありせばよかりなん、大魔のつきたる者どもは、一人をけうくんし()としつれば、それをひっかけ(引懸)にして多くの人を()()とすなり。(中略)さればこの甲斐国にも少々信ぜんと申す人々候へども、おぼろげならでは入れまいらせ候はぬにて候。なかなかしき人の信ずるやうにてなめり(乱言)て候へば、人の信心をもやぶりて候なり。

たゞをかせ給へ。梵天・帝釈の御計らひとして、日本国一時に信ずる事あるべし。()の時我も(もと)より信じたり、我も本より信じたりと申す人こそ、をゝ()()はせずらんめとおぼえ候。『上野殿御返事


真正面からくる敵は見破りやすい。味方のようにみせかけて、やさしく近づく者が一番あぶないといっている。

退転者は教団を乱し、多くの人をさそって悪道におとした。日蓮は身延山にはいったあとも、目に見えて強信な者しか弟子にしないという。おぼろげな者はうけつけない。「なかなかしき」とは現代の意味とは反対で、どっちつかずで中途半端という意味である。生半可な信徒はかえって他人の信心をやぶってしまう。数々の大難をのりこえ、多くの弟子を観察した結論だった。

ここで日蓮は不思議なことをいった。

日本国のすべての民が一同に信ずることが来るという。その時、もとから信じていたと言いだす者があわわれると。

日蓮はこのほか、こと細かに時光に指導した。それほど時光への世間の中傷ははげしかった。日蓮はまれにみる器量の弟子に心魂をそそいだ


我が命は事出できたらば(かみ)にまいらせ候べしと、ひとへにをもひきりて、何事につけて(ことば)をやわらげて法華経の信をうす()くなさんずるやうをた()かる人出来せば、我が信心を()ろむるかとおぼして、各々これを御()うくん()あるはうれしき事なり。たゞし、御身をけうくんせさせ給へ。上の御信用なき事はこれに()りて候を、上を()おど()させ給ふこそをかしく候へ。参りてけうくん申さんとおもひ候ひつるに、うわて(上手)うたれまいらせて候。閻魔(えんま)王に、我が身い()をしとおぼしめす()と子とをひっぱられん時は、時光に手をやすらせ給ひ候はんずらんと、()()にうち()ひておはすべし。
 訳:自分の命に万が一のことがあれば、主君の時宗様にさしあげましょうと,かたく思い切って何事も言葉を和らげていきなさい。法華経の信を薄くしようとすることを企む人が出て来たならば、私の信心を試しているのかと思って「あなた方が私を教訓してくれるのは嬉しいことである。しかし、御自身を教訓なされるがよい。主君の信用がないことは私も知っているのに、主君を持ち出して脅されることこそ、おかしいことである。出かけて行って教訓しようと思っていたのに、先手を打たれてしまった。閻魔王に自分自身と大切な妻子がひっぱられる時には、時光に手をすり合わされることであろう」と、憎らしげに、言い置かれるがよい。

 

日蓮はいまだに幕府に憎まれている。

時光もおなじだった。

心ない人々はいう。幕府につかえる地頭でありながら日蓮に味方すると。しかし時光にとっては幕府の威厳よりも日蓮への思慕のほうが勝っていた。

主君時宗の信用がないのは承知であるのに、主君をもちだして信心をおどそうとする者がいる。日蓮はこのような人々には悪態をもって扱えという。

時光は翌年の七月、白麦一駄と生姜(しょうが)をおくった。

身延山中は食糧がとだえていた。各地にいる弟子檀那は疫病と飢饉のために、日蓮を助けたくとも思うようにならない。

時光はこの絶望的な中にも、けわしい山河をこえて(かて)をとどけている。

日蓮は時光のありがたさに、すぐに返書をおくった。日蓮の肉声が聞こえるかのような消息だった。

今日蓮は聖人にはあらざれども、法華経に名をたてり。国主ににく()まれて我が身をせく上、弟子かよう(通行)人をも、或は()り、或はうち、あるは所領をとり、或はところをおふ。かゝる国主の内にある人々なれば、たとひ心ざしあるらん人々()ふ事なし。此の事事ふりぬ。なかにも今年は疫病(やくびょう)と申し、飢渇(けかち)と申し、とひくる人々もすくなし。たとひや()ひなくとも飢ゑて死なん事うたがひなかるべきに、麦の御と()らひ(こがね)にもすぎ(たま)にもこえたり。彼の()()ひえ()は変じて金人となる。此の時光が麦、何ぞ変じて法華経の文字とならざらん。此の法華経の文字は釈迦仏となり給ひ、時光が故親父の左右の御羽となり霊山(りょうぜん)浄土(じょうど)へとび給へ。かけり給へ。かへりて時光が身を()ひはぐくみ給へ。恐々謹言。 『時光殿御返事


          九十四、南条一族の病魔 につづく


下巻目次



by johsei1129 | 2017-09-19 21:26 | 小説 日蓮の生涯 下 | Trackback | Comments(0)
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