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日蓮大聖人『御書』解説

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2017年 09月 17日

七十二、池上兄弟、親を法華経にみちびく

池上家の跡目相続の日がきた。

空は青く晴れわたっていた。

池上康光邸にあつまった人々は、主賓の宗長の登場を今か今かとまっていた。

康光夫妻とならんで極楽寺良観がすわる。

父康光は家の存続にひとまず安堵し、良観は日蓮一派の排除に満足だった。良観は宗長の退転を鎌倉中に触れまわすつもりでいる。

宗長の妻子もいた。祝いの品がかぞえきれなかったが、妻は目もくれず物思いにふけっていた。

正面には恒例の幕府御家人衆がすわる。

大工たちは庭の地面にすわり、どうなることかと見守っている。この中に勘当された兄宗仲の姿があった。憔悴の宗仲が、にこやかな良観と対をなしていた。

定刻となり、正面左隅に構えていた仕切り役の武家が立ちあがり告げる。

「これより、作事奉行の跡目相続の儀を厳粛に執り行いまする。池上兵衛(ひょうえ)(のさかん)宗長殿、出ませい」

正装した宗長は家紋を大きくあしらった大紋に身を包み、長い袴を引きずりながら広間につながる長い廊下をゆっくりとすすむ。
 宗長の顔に緊張がみなぎっていた。この場に集う者すべてが、新しい棟梁を祝福しているわけではない。

仕切り役が言上する。

「最初に極楽寺良観上人のお言葉をいただきまする」

良観はこの日を無事迎えることができ、晴れやかだった。

「このたびは極楽寺の大檀那であらせられる池上康光ご夫妻の所望により、この宗長殿を作事奉行として推挙することにいたした。この若者は清廉潔白、欲得なぞみじんもござらぬ。まことに池上の後継ぎにふさわしい人物でございます。宗長殿は父上のように阿弥陀仏を大切にいたし、いらぬ心はおこさぬであろう。ま、これは余計な心配というものじゃ。なにはともあれ、宗長殿の決意のほどを聞こうではないか」

衆目が宗長にあつまった。

宗長は大きく深呼吸して言葉を発した。

「このたびは、かくも大勢のお歴々におこしいただき、恐悦至極にございます。それがし池上兵衛志宗長はこのたび、跡目を継ぐよう、親はもちろんのこと、まわりの者からすすめられました。古来より親のすすめに従うのは子の義務であり、世間の定めでもあります。格式ある作事奉行の総代として、鎌倉大工の棟梁として力を発揮できますことは身にあまる光栄であります。

ただひとつ気がかりなのは、兄宗仲のことであります。法華経を信ずるばかりに勘当をうけました。弟の身として兄をさしおいて跡目を継いでよいものか、心底迷いました。親につくべきか、兄につくべきか、親について念仏を信ずれば地獄におちると師匠はいう。兄について法華経を信ずれば、後継ぎか欠けて一族が絶える。二つに一つでございます」

一同が耳をたてる。

「このような苦しみをもったわが身を一時は恨みましたが、決断をせねばなりませぬ。すなわち子は親に従わねばなりませぬ」

両親に安堵の表情がうかぶ。

「ここで思いまするに、月氏国の釈尊は(じょう)(ぼん)(のう)の王子でありました。親は国をゆずり、国王の位につけようとしましたが、親の心に離反し夜、城を逃げ去りました。親は不孝の者とうらみましたが、仏になってはまず浄飯王、摩耶夫人を仏道にみちびいたのです」

良観が狼狽しだした。康光夫妻、兄の宗仲までもがおどろいた。すべての聴衆がいぶかしげに宗長を見た。
 宗長が別人のように力強く宣言した。

「親なれば、いかにも従うべきでありますが、法華経の(かたき)であります。もしついてまいりますならば破仏法の身となり、最も親不孝の身となるため、跡目を継ぐことはせず、兄についてまいります。たとえ父に捨てられても、心は兄と同じとおぼしめしくだされ」

父康光は顔をこわばらせ、両手をふるわせた。母が両手で顔をおおい泣き伏す。

さらにここまでおとなしかった良観が立ちあがった。

「なにを申す、気でも狂ったか。この金銀が目に入らぬか。わしの面をよごす気か」

良観は衆目の前で感情をむきだしにした。

宗長は動じない。

「極楽寺殿。残念でござった。某は法華経の行者でございます。(あぶ)(はえ)のような戒律なぞ、たもつ者ではない。このたびの儀、貴殿のおよぶところではござらぬ」

良観の顔つきがかわった。体がわなわなとふるえている。やがて良観は笑いながら呪いの言葉を吐いた。

「お前たち兄弟はおしまいじゃ。どこへでもいけ。露頭に迷うがいい。これで作事奉行の池上は途絶えたわい。よいよい、わしはなにも困らぬ。いくらでも後釜はおるからの」  

さらに良観が鼻で笑った。

「わしとしたことが。たかが卑しい大工風情に肩入れしてしまったわ。なんという茶番だ。ああ、つまらぬ時を費やしたな。こんなところなど、もう用はない。帰るぞ」

良観が弟子の入沢入道をうながして去ろうとした時、皆があっとなった。

父の康光が剣をぬき、良観の鼻先に刃をむけたのである。どうしたことか。

康光に憤怒の色がある。

良観は立ったまま身動きができない。

まわりを取り囲む良観の弟子たちは、固唾(かたず)をのんで事の成り行きを見守っている

その康光がにらみつけた。

「良観殿。日ごろのふるまいとは思えぬそのお言葉、心外でござるな。大工風情も巧みの心をもって幕府につかえる者。今のお言葉、かえって鎌倉殿に無礼ではござらぬか」

祝いの場は一転して異常な修羅場となった。

作事奉行が鎌倉の生き仏に刃をむけている。康光は次男の裏切りよりも、作事の職を侮蔑されたのが耐えられなかった。

良観は光る刃を目の前にして顔色をかえた。汗をふきだし、腰をぬかした。

「いかにも、いかにも失言であった。康光殿、許されよ」

良観の弟子は逃げるように去った。

「まて、おいていくでない」

満座の中で滑稽な姿をみせることになってしまった。

良観と弟子はようやく外にでたが、災難はつづく。大工たちが立ちふさがったのである。
 彼らは一部始終を見ていた。いずれも怒気をためて良観をにらみつけている。

大工衆は良観と弟子にあらんかぎりの罵声をあびせた。

良観は耳をつんざく罵詈雑言の中、やっとのことでぬけ出し、去っていった。

正装の宗長が庭におりて兄の前にすすむ。彼は地面に手をつけた。

ひげ面の兄がうなずいた。

「宗長、よくぞ申した。それでこそわが弟じゃ」

大勢の大工が二人のまわりをかこんだ。涙ぐむ者がいる。

父がその様子を見ていた。

池上家の騒動はひとまずおわった。

おさまらないのは良観だった。池上親子に面子をつぶされ、刀で脅されてはだまっていられない。

良観はすぐさま政所にかけこみ、平頼綱に訴えた。

「左衛門尉様、あの池上兄弟は日蓮の一党でございます。法華経をひろめて念仏を絶やそうとはかっております。親にもしたがわず、世間もおそれない鎌倉の大悪人でございますぞ。それにもまして父親の康光はなにを狂ったか、罪のないこの良観に刃を向けたのでございます。仏の使いである僧侶にむかって、なんたる所行でありましょう。あの親子は狂ったのでございます。どうかお裁きを」

冷徹な頼綱がめずらしく笑った。

「それでこのわしに、どうすればよいと」

「池上康光の奉行職を剥奪し、領地を取りあげ、あの兄弟を鎌倉追放にねがいます」
 頼綱はつめたい。

「それは執権の時宗様しだいじゃな。わしにはどうすることもできぬ」

良観がつめよった。

「左衛門尉様、この見返りは大きいものと思しめしくだされ。ことによっては日蓮の弟子どもを鎌倉から駆逐することができますぞ。池上兄弟は目の上のこぶなのです。おたがいに利益がおおきいとお思いになりませぬか」

頼綱がまた笑った。

「利益か。良観殿にふさわしいお言葉であるな」

頼綱の高笑いが政所中に響き渡った。

執権の館が竣工した。
 騒動はあったが、大工たちは辛苦を乗りこえ披露にこぎつけた。

この祝賀の最中に彼らはささやきあった。

「鎌倉様がお目見えだ。こんどの相続の件で、お(とが)めがあるそうな」

「極楽寺良観が池上のとりつぶしを願いでたとか」

「あのご兄弟は鎌倉から追放らしい」

「康光様は良観に刃傷したかどで切腹とか」

その作事奉行の康光が完成した堂内で時宗の供をした。康光は建物の所々を指さしながら説明していく。時宗が感嘆とねぎらいの表情をみせた。

二人は検分を終えて奥座敷にはいった。

そこに平頼綱と安達泰盛がまちうけていた。部屋のすみには極楽寺良観が平伏している。

時宗が中央にすわった。康光が時宗の前で被告人のように伏した。

頼綱がつげる。

「池上太夫の(さかん)宗仲。同じく兵衛の志宗長、でませい」

兄弟があらわれ、父のうしろで平伏した。

裁判の場ができあがった。

池上親子は被告、良観は原告である。頼綱と泰盛は検事と弁護人、裁くのは時宗だった。

平頼綱が冷酷にいう。

「池上宗仲、宗長兄弟の親不孝。これはゆゆしき大事にございます。それにまして兄弟は幕府と同調しない日蓮の教えをたもっている。さらに奉行の康光においては極楽寺良観殿に刃をむけた。鎌倉の尊敬の的である上人に不埒(ふらち)なふるまいであると、悪しき評判がたっております。事ここにおよんではやむなし。池上親子の領地を没収、所払いとし、奉行職をとりあげたてまつることが肝要かと」

安達泰盛が反論した。

「いやわしは反対じゃ。この建物の見事さをもってしても、作事奉行は池上殿をおいてほかにない。この件は池上家をおとしいれる何者かの策謀と思われまする。どうか御詮議あって慎重なさばきをお願いいたしまする」

側用人の頼綱と御家人の泰盛がどう猛な目でにらみあった。

一同が時宗に注目した。

時宗は口をひらいた。

「まず康光殿。作事奉行として、また父親として、そなたの今の胸のうちをたずねたいが、いかがであろう」

康光が顔をあげた。ここ数日の混乱で憔悴していたが、肝はすわっている。

「殿、よくおたずねくだされました。まずこのたびの不祥事は、まったくこの康光ひとりの身からでたことであります。二人の子に罪はございませぬ」

兄弟が顔をあげた。一同が驚く。

「自分は日蓮殿にあくまで反対でございました」

康光がそういって良観を一瞥(いちべつ)した。

「さりながら先日の一件で目がさめ申した。今より自分は法華経の信心をいたすことに決心いたした」

兄弟がますますおどろいた。

「思えば二人の子が法華経の大切さを話しておりましたが、おろかにもわしは聞く耳をもたず、長男は勘当、次男には念仏を強要いたした。この罪は消えるものではござらぬ。さりながらせめて子の罪は許していただき、わたくし一人を処罰たまわるならば、これ以上の幸いはございませぬ」

なんということか。

兄弟が康光の腕にとりついた。すでに涙がにじんでいる。

「父上・・」

兄の宗仲が時宗に叫ぶ。

「殿、恐れながら申しあげまする。このたびの騒ぎはわたくし一人がおこしたこと。父に罪などございませぬ。どうか親不孝のわたしを罰していただきとうございます」

こんどは弟宗長が兄をかばった。

「殿、兄の申したことはいつわりでございます。わたくしこそ公然と父にさからい、罵った者であります。このような不孝者こそ、咎めをうけなければなりませぬ。わたくし一人をお裁きくださいませ。なにとぞ、なにとぞ」

時宗が親子を見た。彼の眼はやさしくもあり、さびしくも見えた。

極楽寺良観がこの様子にあわてた。そして思わず時宗の前にでた。

「殿、まどわされてはなりませぬ。この親子は日蓮にそそのかされたのです。幕府に日蓮の輩をいれてはなりませぬ。どうか・・」

言い終わらぬうちに時宗の怒声が響いた。

「横紙を破るとはそなたのことだ。おぬしなどに、なにがわかる。さがらんか」

時宗が大将軍の威勢でにらむ。良観はうずくまりながらさがった。

父の康光は満足だった。

「皮肉なものでござる。はじめて親子が一つになり申した。かくなるうえは、すべて殿におまかせいたしまする」

親子三人が床にのめりこむように額をつけた。

執権時宗は腕を組み、瞑目したままだった。

外では数えきれないほどの大工たちが様子を見守っていた。

兄弟の妻がいる。一族もいた。法華宗の人々も四条金吾を筆頭にかけつけた。野次馬もいる。ざわざわとした空気がつづいた。

やがて殿上から康光がでてきた。
 表情がきびしい。

人々が見上げ、静まりかえった。

つづいて宗仲、宗長兄弟があらわれた。

大工たちは最悪の結果を覚悟した。

しかしやがて三人が笑顔にかわり、康光を中心に手をとりあった。

これを見た瞬間、群衆は了解した。飛びあがる者がいる。踊る者がいる。歓声がなんどもあがった。

時宗が殿上のすみで親子を見ていた。

「うれしそうであるな」

泰盛が時宗をたたえる。

「殿のお裁きのおかげでございます」

頼綱はふてくされてだまっている。

見事な裁きをくだしたはずだったが、今日の時宗はどこかさびしげだった。

「親子兄弟とは、あのようにむつまじいものか。このわしにも兄上がいた。腹違いではあったが、兄として慕っていた。だが今はいない」

時宗にも時輔という兄がいた。六年前、彼はその兄を殺害した。
 彼はもらさなかったが、兄を死にいたらしめたことに自責の念があったようである。
 時宗は池上兄弟になれなかった。彼は歓声を背にうけて去った。


 池上の騒動は執権時宗が最後に決断して解決した。これだけもめた騒動を収拾できるのは、時宗をおいてほかにない。時宗の一声で事態はおさまった。
日蓮はふりかえる。

()もん(衛門)()いう()をや()に立ちあひて(かみ)の御一言にてかへりて()りたる  『四条金吾御書


「えもんのたいう」とは宗仲のことである。

「上」とはだれであろう。御一言の表現から時宗とわかる。

広場では踊りがつづいた。歓喜の舞が広場をうめた。

大工たちがよろこびを爆発させて踊りまくった。

そのおかしさに康光夫妻が、兄弟が、妻たちが涙ながらに笑いあった。



        七十三、
化儀をたすくる人 につづく



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by johsei1129 | 2017-09-17 17:34 | 小説 日蓮の生涯 下 | Trackback | Comments(0)


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