人気ブログランキング |

日蓮大聖人『御書』解説

nichirengs.exblog.jp
ブログトップ
2017年 07月 22日

五十四、日蓮、佐渡から鎌倉に帰還

三月二十五日、船は越後柏崎に着岸した。

岸のむこうに人だかりが見える。驚くことに地元の念仏者がまちかまえていた。

日蓮赦免の知らせは早くも越後にとどいていた。

念仏者は船からおりた日蓮の一行にむかってきた。みな武器を手にしている。

「日蓮だな。観念しろ。念仏の敵だ。ここは通さぬ」

念仏者が日蓮らをかこんだ。

この時、どこからともなく鎧甲をつけた武士団が突撃し、日蓮ではなく念仏者を斬りつけた。

念仏者は悲鳴をあげながら逃げ去った。

武士団が日蓮の前で整然と列をなした。

指揮官が馬からおり、日蓮に片膝をついた。

「日蓮上人、守護のため幕府侍所からまかりこしました。鎌倉までご同行いたしまする」

言葉に敬意がこめられている。

彼らは時宗が差しむけた護衛隊だった。

日蓮が堂々と答える。

「お役目ご苦労にございます。まことに殊勝なり」

信濃善光寺では大衆が門前にあつまった。

念仏僧が手に薙刀をもつ。

「悪僧日蓮は生きたまま佐渡をでたそうじゃ」

大衆が怒声をあげた。

「われらはなんとしても、わが生身の阿弥陀仏の御前をば通すまいぞ。よいか」

大衆が一斉にこたえ、大路をふさいだ。

「きたぞ」

彼らは驚愕した。

日蓮が勇ましい武士の一団に守られている。
「なんだあれは・・」

伯耆房が日蓮の馬の綱をにぎりしめてすすむ。弟子たちも誇らしげについていく。

武士団は念仏者を蹴散らし、善光寺の前を堂々とおしきった。

大衆がその光景に愕然とした。

いっぽう鎌倉の辻市は賑わっていた。

物売りの声が飛びかう。

町は日蓮帰還の話題で沸騰していた。

「日蓮上人がご赦免になったそうだ」

「鎌倉に帰ってこられるというぞ」

「鎌倉様のお墨付きで、大僧正になるそうな」

「真言や念仏とならんで蒙古退治の祈祷をまかされるそうじゃ。鎌倉様は十万貫を用意し、上人のために大寺院を建てるというではないか。えらいことになったものだ」

「それはすごい。どん底から絶頂だ。あやかりたいものじゃのう」


日蓮は三月十三日に佐渡を立ち、二十六日に鎌倉に帰還した。この時期、鎌倉中で日蓮赦免の話題は尽きることはなかった。

なにしろ今まで罪人だったのだ。その罪人が苦難に耐え、無実を勝ちとって都にもどってくる。讃えない者はいなかった。死刑囚が無罪放免となった。公然と非難した人々までが賛辞をおくった。

 旧暦三月二十六日といえば現在では五月上旬の初夏。

 鎌倉八幡宮はぎらぎらとした太陽の下でにぎわっていた。

四条金吾、富木常忍、太田乗明がここにあつまった。土牢から出獄したばかりの、後の六老僧の一人日朗もいた。

 日朗は竜の口の法難の時、土牢に閉じこめられたが、二月騒動の直後、日蓮の自界叛逆難の的中を受け、幕府により許されて出獄していた。この事は建治二年述作光日房御書』に次のように記している。


「かへる年の二月十一日に、日本国のかためたるべき大将どもよしなく打ちころされぬ。天のせめという事あらはなり。此れにやをどろかれけん、弟子どもゆるされぬ」


師匠が帰ってくる。突然の朗報だった。信じられない知らせに、気がおかしくなりそうになる。

金吾が興奮している。

「聞いたか」

冷静な常忍もこみあげるものがある。

「聞いたとも。順徳天皇とて京に戻れず佐渡で一生を終えたというのに、まさかご赦免になるとは。鎌倉では日蓮聖人の話でもちきりだぞ。昨日まで悪口(あっく)した者が、今日はわけもなく賞賛の嵐だ」

太田が同調する。

「まったくだ。ここにくる途中、おめでとうございますとなんどいわれたことか。いいかげん気味がわるいわい」

「よい事ではないか。われらの苦労が実をむすんだのだ。われらの祈りがつうじたのだ」

満面に笑みを浮かべていた常忍が一転、真顔になって語る。

「ところで鎌倉殿が上人のために十万貫を用意するとか、大寺院を建てるとか、一千町歩の良田を用意するとか、信じられん話が飛びかっているぞ。まことなのか。聖人はうけるのだろうか」

「それよりも蒙古退治のことだ。聖人はほんとうに真言や念仏の僧と一緒に祈祷するだろうか。そんなことがあるだろうか」

金吾がこたえた。

「残念ながら、それは聖人でしかわからぬ。まったく、われわれの人知を超えたお人よ」

この時、偶然に彼らの前を退転した信者の一団が通りすぎた。

金吾たちが彼らを正視した。

かつての信者は視線をそらし、うつむいたまま通りすぎていく。金吾たちと目をあわせることができない。

彼らにとって日蓮の復活は誤算だった。日蓮にかわって新しい宗派をたてようとしたが、あっという間の転落だった。

金吾がつぶやいた。

「自分の行いには責任をとらねばならぬ。われらはこのたびもこれからも、聖人についてゆくだけだ」

極楽寺良観が侍所の客間にいた。

彼はひとり、おちつきなく歩きまわっていた。いらいらした様子である。彼のそばには人の背ほどある銭箱が高く積まれてある。

従者の声がした。

(へい)左衛尉(さえもんのじょう )様おなり」

良観がすぐさま平伏した。

平頼綱が暑そうに扇子をふり、上座にすわった。

良観がうやうやしく言上する。

「左衛門尉様、金子十万貫、このとおり用意いたしました。あわただしいことでございますな。蒙古の攻撃が決まりましたか」

頼綱が言葉をにごした。

「いや、それはまだない。さりながらご苦労であった。そなた、鎌倉の南半分をまかされているとはいえ、なみの苦労ではなかったろう。礼をいうぞ」

「めっそうもございませぬ」

といったところで良観は顔をあげ、ギロリとにらむ。

「ところで左衛門尉様、鎌倉では悪いうわさがながれておりまする」

「ほう、なんじゃ。不審とあらば、わが侍所が調べようぞ」

「じつはあの日蓮が罪を許されて鎌倉に帰るとのこと。その上、鎌倉の一角に寺院を与えられて布教も許すとか。そうなればこの世のおわりかと」

頼綱が笑った。

「良観殿、たかが坊主一人ではないか。なにをこわがっておる。鎌倉の生き仏といわれる和尚らしくもない」

良観がにじりよった。

「殿、日蓮は蒙古よりもおそろしい男でございますぞ。幕府の権威を恐れず法華経のみを弘めようとする悪僧でございます。あの男を許せば、日本国はすべて法華経の題目でうまるでありましょう。殿もあの男には苦々しくお思いのはず。なにとぞ流罪の赦免だけは避けていただかねば。もしそれがかなわぬならば、せめて鎌倉にはいるのを止めていただければ」

だが頼綱は聞こえないふりをした。

「それがのう。幕府は日蓮と妥協することにいたした」

良観が驚愕したが、頼綱はそしらぬ顔である。

「過去のことはどうあれ、いまは日蓮の力がほしい。なにせ国内は蒙古がいつ来るかでもちきりなのじゃ。日蓮の神通力でやつらがいつでてくるか、わかるやもしれぬ」

「まさか。あの男はだれとも妥協せずに生きぬいた男ですぞ。それを幕府がとりこむなどと・・」

「良観殿、それ以上申すな。日蓮御坊の御赦免は時宗様、すなわち幕府の下知じゃ」

 良観がひらきなおった。

「ではわたしはどうなるのです。幕府の御ために鎌倉の道や橋をおつくりいたしました。若江の港も整備いたしました。諸国から関米をとり、幕府の財政に貢献し、非人を統率して治安の維持をはかっておりまする。その私の意見をさしおいて、日蓮を登用するとはあまりに短慮ではございませぬか」

頼綱の目が怒気にかわった。

「では言おう。良観殿、この十万貫は日蓮殿に進呈いたす」

良観がかっと目をひらいた。

頼綱が見くだした。

「日蓮殿のために寺を建立する資金じゃ。土地はすでに若宮大路の幕府御所近くに確保した。良観殿、ご苦労であった」

頼綱が立ちあがろうとしたが、良観は袖をつかんでとめた。

「おまちくだされ。この良観はどんなこともいたします。日蓮だけはお取り立てなさいませぬよう」

頼綱が眼光するどくにらんだ。良観はこの時、身の危険をさとり、額を床にをつけた。

頼綱はのちに恐怖政治をしいて御家人をつぎつぎに暗殺している。すべての者が頼綱の眼光をおそれた。

「それから良観殿、これからは日蓮聖人と呼んでくだされ。このさき、鎌倉の平民どもは日蓮聖人を新しい生き仏としてあがめるであろう。おぬしも今のうちに日蓮聖人に恭順の姿勢を見せておいたほうが得策だろうて。そもそも降雨の対決で敗れた時点で、良観殿は日蓮聖人の弟子になってたはずではないのかな

頼綱が大笑いし、軽蔑のまなざしをむけた。

「雨さえふらすこともできぬ僧に、蒙古退治の祈祷は、日が西から昇るようなものであろう」

頼綱がいちだんと笑って去っていく。

良観は魂のぬけた目で床を見つめたままだった。

いっぽう馬上の日蓮は武士団に守られ、さっそうと武蔵を南下し相模にはいった。頂上に冠雪がのこる富士山が出むかえる。

日蓮の一行が鎌倉の切通しに到着すると、守衛がいっせいに頭を下げた。

 警護隊長が報告する。

「佐渡より日蓮上人をおつれ申した。これより鎌倉へはいる」

警備の武士が日蓮の馬に近づいた。

「上人、おまちしておりました。鎌倉へようこそ」

群衆はすでに鎌倉の辻や道路ぞいにあふれていた。うだるような暑さだったが、人々は日蓮の到着を今か今かと首をのばした。

「日蓮聖人がいらしたぞ」

いっせいに歓声があがった。

日蓮が幕府の武士団を率いてやってきた。

堂々の行進である

伯耆房が日蓮の馬の手綱をひく。

 竜ノ口の法難では裸馬に乗せられた日蓮だったが、この度は北条氏の家紋三つ鱗が記された鞍が用意されていた。

群衆がひしめきながら日蓮にむかって手をふった。

そして異様な熱狂がわきおこった。

「日蓮上人はわれらの英雄だ」

人々の歓呼がとまらない。

「お帰りなさいませ」

「わたしは以前からあなた様を慕っておりました」

「わたしだって、上人様を信じておりました」

「日蓮上人様、今年も日照りでございます。どうか雨をふらせてくだされ」

轟々とした叫びが町の辻にこだました。

この大衆の熱気はかつて極楽寺良観にむけられたものとおなじだった。


                 五十五、最後の諌暁 につづく


中巻目次



by johsei1129 | 2017-07-22 16:29 | 小説 日蓮の生涯 中 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://nichirengs.exblog.jp/tb/23362393
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。


<< 五十五、最後の諌暁      五十三、時宗、赦免を決断 >>