日蓮大聖人『御書』解説

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2017年 08月 10日

小説 日蓮の生涯 中

作 小杉 貢  監修 三浦 常正   平成二六年一月三日 公開

                                     英語版

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                           佐渡ヶ島全景

中巻目次                       


三十五、真冬の佐渡へ

三十六、末法の本仏としての確信

三十七、流罪地、佐渡への船出 

三十八、孤島佐渡での苦境 


三十九、自界叛逆難の予言符合 


四十、
退転する弟子たち 


四十一、
大難をこえる道 


四十二、
阿仏房と怨嫉の島 


四十三、
塚原問答の勝利 


四十四、
自界叛逆難の的中 


四十五、
守護代、本間重連の帰伏 


四十六、
二月騒動の顛末 


四十七、
強信の日妙、山海を渡る 


四十八、
日蓮、佐渡で始めて本尊を図現する 


四十九、
御本尊建立の意義を説き明かす 


五十、
日妙、日蓮より御本尊の下付を約束される 


五十一、
良観の陰謀 


五十二、
留難ふたたび 


五十三、
時宗、赦免を決断 


五十四、
日蓮、佐渡より鎌倉に帰還 


五十五、
最後の諌暁


五十六、
幕府を突き放す 


五十七、
日蓮、鎌倉を去る


五十八、
日蓮、身延山中へ入る 


五十九、
蒙古襲来 


六十、
三度の高名 


六十一、
弟子たちの布教  


六十二、
身延山中に移り住む日蓮  


    
                     上巻目次       下巻目次

                                



by johsei1129 | 2017-08-10 21:50 | 小説 日蓮の生涯 中 | Trackback | Comments(6)
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Commented by johsei1129 at 2018-08-25 21:38
> ikkatsucenterさん
コメントありがとうございます。わたしは会社員で、暇を見て小説を書いておりました。ご指摘の小説の文字の不統一は文章の詰め込みすぎが原因です。なにぶん不慣れのため、ご容赦ください。またご指摘の参考文献は下巻の「日蓮弟子檀那列伝」の末尾に掲載しております。ご確認ください。以上
Commented by johsei1129 at 2018-08-26 10:09
> ikkatsucenterさんへ

ご確認ありがとうございます。私も日蓮正宗の末端の法華講員です。大聖人は立正安国論の中で、あらゆる宗教や文化を捨閉閣抛(しゃへいかくほう)の四字で抹殺した法然をきびしく断じています。創価学会もまた大御本尊否定など、あらゆる方法で大聖人の仏法を消滅させようとしています。立正安国論には「唯我が信ずるのみに非ず、また他の誤りをも誡めんのみ]とあります。ikkatsucenterさんも宗祖の御意思を信仰するならば、一言はあるべきです。幹部の方に疑問の点を質問してください。その上で、このサイトは役に立つと思います。

Commented by johsei1129 at 2018-08-27 22:50
> ikkatsucenter さんへ
 たしかに創価学会の皆さんは「大御本尊を否定していない。受持しないだけだ」とおっしゃいます。しかしながら、日蓮大聖人は仰せです。「とをざかりぬれば・すつる心あり」(上野殿御返事)。三大秘法の本門の本尊、本門の戒壇、本門の題目を束ねる一大秘法の大御本尊から遠ざかるのは、日蓮大聖人の仏法の根本を捨てる心となります。この創価学会の邪義は、法然が念仏を使って釈迦仏法を「捨閉閣抛」した罪よりも、比較にならないほど重いと思っております。以上
Commented by johsei1129 at 2018-08-31 23:18
> ikkatsucenterさんへ
 お便りありがとうございます。おっしゃるとおり、本質を見抜く力は大切であると思います。あなたが誤りながらも御書を引いて説明されることに、一条の光を見る思いです。
 さてikkatsucenterさんにご提案ですが、コメントを公開されてはいかがでしょうか。当方はコメントを公開しておりますが、サイトを見るビジターのみなさんにとって、わたしのコメントだけをご覧になるのは、不公平で一方的であり、物足りないのではないかと思われます。お互いの議論を広く公開することは、ビジターの皆さんにとって無益ではないと思います。このままでは「暗中の錦」になることを恐れます。返報をお待ちしております。以上
Commented by johsei1129 at 2018-09-03 22:04
> ikkatsucenterさん
 ご返信ありがとうございます。またあなたがコメント公開を決断されたことに敬意を表します。これより返答を加えてまいります。
 一、そもそも弘安二年の大御本尊に対して軽々しく「受持しない」と言うことが誤りです。根本尊敬の対象に対して言うべき言葉ではありません。大御本尊を受持しないということは、日蓮大聖人を受持しないことと同じ意味です。大聖人と大御本尊とは人法一箇であるからです。この人法一箇の対象を受持しないと宣言するのは、明らかに謗法です。創価学会は人法一箇の大御本尊を受持しないで、なにを弘めるおつもりでしょうか。ましてや「広宣流布のための御本尊を認定します」(原田会長)などと述べるにいたっては、増上慢以外の何物でもありません。
 あなたは現在、大御本尊は受持したくても受持できない状況である。したがって「受持しない」という謗法を犯してもしかたがないとお思いですか。謗法をたやすく認めるのでしょうか。あの法然は選択集の中で説いています。「法華経は理が深く、覚りは少ないため凡夫にはわからない。しかたがないので易しい念仏だけを唱えれば、来世で浄土に行くことができる」。大聖人は立正安国論の中でこの考えを「一凶」と断じられました。「しかたがないので受持しない」。この教義は念仏者法然と酷似しています。以前にも申しあげたとおり、創価学会は法然と変わりません。原田会長の「受持しない」の発言は一凶です。
Commented at 2018-10-07 22:46 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。


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