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日蓮大聖人『御書』解説

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2017年 07月 16日

四十五、守護代、本間重連の帰伏


四条金吾は伊豆で従者を指図し、のんびりと検地をしていた。年貢の見積もりのためである。鎌倉の大事件はつゆ知らない。

金吾に精気がなかった。

主君光時の不興を買って鎌倉に帰れない日がつづいていた。金吾は不遇のうちに一生を終わることを想像して憂鬱だった。師の日蓮に再会することなど、はるか彼方の願いだった。

そこへ突然、光時の家来の馬が走りこんできた。申の刻、午後四時ごろだったという。

家来は馬をおりて息もたえだえだった。

「鎌倉で一大事です・・教時様がご乱心で・・平の左衛門尉に討たれたとのことです」

金吾が使者の腕をつかんだ。

「それはまことか」

使者は息も絶え絶えにいう。

「たまたま居合わせた時章様も乱戦のあおりで斬り死になさいました。そのほか名越の(きん)(だち)が多数・・」

金吾が倒れこむ使者をはげました。

「それでわが殿、光時様は」

「見当がつきませぬ。聞けば左衛門尉は名越一族を皆殺しにするとのこと。時宗様の指図を無視して攻める覚悟でございます。いまごろは・・」

使者が伏してうめいた。

金吾も落胆したが、すぐに立ちあがった。現場を見なくてははじまらない。刀を差して馬に乗ろうとした。

だが従者たちは手綱をつかんで止めた。

「金吾様。あなた様は光時様一の家来でございます。まちがいなく討たれます」

金吾がふりはらおうとする。

「はなせ」

「いいえはなしませぬ。よくお考えくだされ。ご主君はまずもって討ち死にでございます。ここで金吾様がまかりでることはございませぬ。どこかに落ちのびましょう」

金吾が怒る。
「馬鹿を申すな。わが四条は父上の代から名越に仕えておる。それを裏切れというのか」

従者が必死で馬をおさえる。

「それは重々承知しております。しかし光時様の命運は尽きたのです。どうしてあなたがまきぞえを食うことがありましょう。領地はいずれ没収です。このうえはどこかにのがれ、ほとぼりがさめましたなら、ほかの主君にお仕えなさいませ。あなた様は知勇兼備、名声もございます。引く手あまたでありましょう。金吾様がいなくなれば奥方や御前様はどうなるのです。われわれも路頭に迷います。ここはよくよくお考えを」

従者たちがどうしても手綱をはなさない。

金吾がおちついて馬をとめた。

「よくわかった。短慮であったな。おぬしらのいうとおりだ。命を粗末にするものではない」

従者が安心して綱をゆるめたとたん、馬が走った。

金吾がふりむく。

「主君を見捨てればわしの命もない。妻子には常々いっておる。わが命は法華経にあずけているとな。そのほうら、世話になったな。者どもにつたえよ。四条金吾は主君のために、あたら命をまっとうしたと」

金吾が馬を蹴って走り去ってしまった。

従者たちは落胆したが、そのひとりが叫んだ。

「ええい、主人が戦場にゆくのだ。おのおの(おく)したか。ゆくぞ」

 みな我にかえった。馬にのる者、かけ足で走る者。それぞれが金吾を追っていった。

金吾が街道を一目散に駆ける。

「いざ鎌倉」

これから箱根の山を越えねばならない。鎌倉への最短距離はここしかない。

「殿」

馬上の四条金吾が髪をふり乱しながら急坂を駆けていった。

北条光時邸の内外は騒然としていた。

このなかで光時は鎧姿で座し、瞑目していた。

郎従たちがあわただしい。

怖気(おじけ)づいて逃げていく家来が続出した。従者がつぎつぎに報告にくる。

「平の左尉門がむかってまいります」

「弟君時章殿、教時殿、討ち死にでございます」

「殿は謀反人とのこと」

光時が一喝した。

「さわぐな。われら一門には謀反の意図など毛頭もない」

 光時は絶体絶命のさなかで考えた。
 多勢に無勢である。抵抗してはならない。恭順の姿を見せるしか方法がない。これは頼綱の前では命がけだが賭けるしかない。

ここで彼は四条金吾を思いだした。

頼りになる男だった。

ふだんは強情で嫌われ者だったが、いざというとき、身を呈して自分を守る男だった。まして金吾の一家は親子二代で名越に仕えている。光時は今になって金吾を遠ざけたことを後悔した。

突然、門がやぶられておびただしい兵士が光時らをとりかこんだ。

光時の部下が応戦しようとするが、光時は大声で止め、無抵抗の姿勢をとった。

頼綱がでてきた。

「おお、これは北条光時殿。殊勝でござるな。弟とはちがって刃はまじえぬか」

光時が叫ぶ。

「平の左衛門尉、なにをもって余を謀反人といたすか」

光時はれっきとした北条の一族である。使用人の頼綱など眼中にない。
 だが頼綱は執権の威光を盾に勝ちほこった。

「言うまでもないこと。火のないところに煙は立たぬわ。傲岸不遜の日頃のふるまい。今日をもって(ただ)そうとするもの」

「それでは理由にならぬ」

「ひかえおろう。時宗様の下知である。光時殿はこれから侍所にきていただこう。吟味いたす」

 頼綱は戦闘にまぎれて光時を斬るつもりだったが、抵抗しないのを見て尋問することに決めた。拷問して罪状を暴きだし、腹を切らせればよい。

光時の部下はその意図を見ぬいた。七名が前にでて光時をかばった。

「いやしばらく。われらもお供いたす。われらは殿と生死をともにいたす。日頃、ご恩をうけたわれら七人・・」

といった時、「まて」の声があがった。

声の主、四条金吾があらわれた。

彼は髪をととのえ、襟をつくろい、七人の横にすわった。

「八人でござる」

光時がはじめてうれしそうな顔を見せた。

頼基(よりもと)

光時は親しげに金吾の名をよんだ。金吾の本名は中務(なかつかさ)三郎左衛門尉頼基という。

その金吾が光時の前にすすみでた。ひさびさの再会だった。
「殿、間にあいました。ご無事でございましたか」

頼綱がせせら笑う。
「ほうこれは。四条金吾」

呼ばれた金吾が頼綱をまじまじと見た。
「平の左衛門尉。これはなにかのまちがいでござろう。わが殿に謀反の証拠がおありか。罪ない者を罰せよとは式目のいずこにある。このことを鎌倉殿は御存知か。侍をとりしきる貴殿としては、いささか軽率でござるな」

頼綱の目が血走る。
「四条金吾、おぬしこそ日蓮の手下として幕府を悩ましたではないか。佐渡にいるあの坊主の命は風前の灯火じゃ。邪教に染まった弟子のおぬしが主君を守るなど、こざかしいわ」

頼綱は日蓮弾圧の張本人である。金吾にとってこれ以上の憎い相手はない。

だが今日の金吾は涼しげだった
「ここは宗論の場にあらず。一国の主の執事たる者が、身勝手な振る舞いをしてよいかどうか聞いておる。貴公が北条一族の分断をはかり、幕府の弱体化をはかっているのではないかと聞いておる」

頼綱が怒りにめまいをおこし、剣を抜こうとしたが部下がとめた。
「左衛門尉様、執権の命令でござる。ぬいてはなりませぬ」

頼綱はようやく思いとどまった。
「ええい、鎌倉殿のご下命なるぞ。おのおの立ちませい」

名越光時が金吾を先頭に邸をでた。

金吾は主君をかばいながら、なみいる兵士を叱りとばして露払いした。

「さがれ、さがれ。江間入道光時様のお通りなるぞ。ひかえよ」

平頼綱が憤懣やるかたなく剣をぬき、遠くの松の木に投げつけた。

剣が幹の奥まで突きささった。

金吾は自分でも驚くほど勇ましくふるまったが、いっぽうで一抹の不安がわいた。

(いったいこれからどうなるのだ。上人と竜の口で腹を切る覚悟をしてから半年もたっていない。自分の前途は目まぐるしくかわっていく。まるで激流の中にいるようだ。そしてこんどは主君と死を共にするのか。こうなった以上、自分の命はないのであろう)

心にさびしさはなかったが、ひとつ足りないものがある。

日蓮上人がいない。

(ああ、こんな時、上人がいてくれたら)
 金吾は赤く染まった北の空を見た。
 

北の日本海は夕日に輝いていた。
 早船にのった武士が佐渡の港に上陸し、すぐさま馬に乗って本間邸へ駆けだした。

二月騒動は勃発の瞬間から全国の御家人に伝わった。使者が一大事の知らせをもって諸国に飛び散ったのである。

御家人にとってこれほどの重大事はない。なぜなら彼らの土地は幕府によって安堵されているからだ。彼らは一刻も早く鎌倉へ参集しなければならなかった。守護も地頭も「いざ鎌倉」を合言葉に馬を駆った。自身の進退はもとより、一族の存亡がこの時にある。遅参すれば領地没収、まにあえば安堵、ひと働きすれば加増となる。千載一遇の機会でもあるのだ。

この知らせは佐渡にもとどいた。ふつう鎌倉から佐渡へは十三日の行程である。この使者は七日で走りぬけた。

馬が本間重連邸に駆けこんだ。

その重連は夕餉の最中だった。

彼はもっていた椀を床におとしてしまった。
「鎌倉でいくさ・・」

重連は呆然として叫んだ。
「それでどちらが勝ったのだ。鎌倉殿か、それとも・・」

使者がこたえる。
「不明でござる。しかし今ごろは決着がついているはず」

郎従が騒然として合戦の用意をはじめた。

本間がうなった。
「わしはどうすればよいのだ」

三昧堂では日蓮や伯耆房らが籠の豆をつまんでいた。

弟子がほおばりながらいった。
「明日は村をまわって食をあつめにまいります」
「わたくしは山菜を採りにでかけます」

伯耆房はうれしそうだった。
「先日の法論で佐渡の空気はかわったようです。百姓が声をかけてきます」
「わたしもです。今日、法華経のことを聞いてくる武士がおりました」

日蓮がおどろいた。
「ほう、名はなんと申す」

「たしか国府(こう)入道とか」

この時、外で物音がした。念仏者が襲ってきたのかもしれない。弟子が木刀を手に警戒した。
「だれだ」

月明かりの中、武士が手をあわせて立っていた。相当の年配に見えるが足腰は矍鑠(かくしゃく)としている。

目の前に野菜があり、米俵や味噌もおかれてある。

弟子が目を丸くした。

老武士が挨拶した。
「あやしいものではござらぬ。この島の者で阿仏房と申す。今はまだ作物が実らぬ時でござる。さぞひもじかろうと思いましてな。これをめしあがってくだされ。毒は入っておりませぬ」

日蓮が縁側にでた。
「阿仏房と申されたか。ありがたし。こちらはなにもお返しするものはないが、それでもよろしいか」

阿仏房は日蓮を見て極度に緊張したようだった。うなずいただけで、なにもいわず走り去ってしまった。

弟子が食物を中に入れて喜びあった。

日蓮を取り巻く佐渡の空気は一月十六日の塚原問答といわれた法論で劇的にかわった。島民は日蓮をみる目をかえた。日蓮は悪僧であり悪鬼であるといったうわさばかりが先行し、心には憎悪しかなかった。だが日蓮が他宗の僧侶を打ち負かすのを眼のあたりにして評価が逆転してしまった。一見が百聞に勝ったのである。

阿仏房は日蓮をもっとも憎んだ一人だった。しかしその反動であろうか、ひと目で日蓮を崇拝するまでになってしまった。

外からまた呼ぶ声がする。
「上人、上人」

弟子たちは自然に笑みが浮かぶ。
「まただれかが食べ物をもってきてくれたのでは」

戸をあけると、さらにおどろくべき人物がいた。

守護代の本間重連だった。所従を従え、手をあわせ威儀正しく座している。

弟子たちが呆気にとられた。

日蓮が招きいれて対面した。

本間は手をあわせたままで言った。

「今しがた、鎌倉でいくさがあったとの知らせがまいりました。日蓮殿、お助けくだされ。正月十六日のお言葉、なぜにと疑っておりましたが、いくほどなく三十日の内に合うとは。蒙古もかならず襲ってくるのでありましょう。念仏が無間地獄であるのもまちがいはないのでありましょう。今よりは長く念仏は申しませぬ」

守護代の帰伏である。

だが日蓮は意外にも冷たい。

「いかにいうとも時宗殿が用いぬのであれば日本国の人は用いぬであろう。用いぬのであれば、国はかならずほろぶ。日蓮は幼若の者なれども、法華経を弘むれば仏の使いである。かかる日蓮を用うとも()しく敬まば国ほろぶべし。いわんや数百人に憎ませ、二度まで流した。この国が滅びることは疑いないことながら、助けたまえと日蓮がひかえておればこそ、いままでは安穏であったが、法にすぎぬれば罰あたりぬるもの。またこのたびも用いなければ、大蒙古より討手をむけて日本国は滅ぶであろう。ただ平の左衛門尉が好む災いである。あなたたちもこの島も安穏ではない」

 日蓮の返事はこれだけだった。

重連はうなだれて帰った。

                       四十六、二月騒動の顛末 につづく

中巻目次



by johsei1129 | 2017-07-16 08:32 | 小説 日蓮の生涯 中 | Trackback | Comments(0)
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