2019年 12月 13日
そのころ鎌倉では時宗、平頼綱、安達泰盛らが地図をかこんでいた。 地図には日本と隣国の高麗が描かれている。 泰盛が鞭で高麗の南岸をさした。 「漁民に化けた間者からの報告では、今ここで舟の建造がはじまっている」 頼綱が問いただす。 「最終的に何艘建造するつもりなのだ。確かな情報はあるのか」 「現地の噂によれば数百艘におよぶとか」 「数百層とな」 一同が驚きの声をあげた。 時宗が天を仰いで腕組みしたまま沈黙した。 泰盛がつづける。 「元の要求に応えるためには人手が足りず、船造りに従事する高麗人の嘆きは高まっておる。蒙古の兵士が急ぐあまり、女子供まで酷使している報告もある」 北条宣時がもらす。 「国が亡びた報いでござるな。ここでわれわれが道を誤れば、漢土・高麗の二の舞じゃ」 時宗が憤然とした 「そんなことはわかっている。で、日本への攻撃はいつになる」 泰盛が首をふった。 「いっこうに。今のところ蒙古の本格的な軍団は高麗にきていない様子でござる。今年であるのか来年であるのか」 時宗が指示した。 「斥候をふやせ。海岸は無論のこと、内陸にも人をやって調べろ。協力者をつのるのだ。金はおしむな」 泰盛が平伏した。 時宗がひとりごとのようにいう。 「いつ来るかわからぬ敵を相手にするのは難儀じゃ。そのためには情報がすべて。ところで上陸のさいの手はずは」 平頼綱が答える。 「まず肝心なのは蒙古がどこに攻めてくるかでござる」 頼綱が鞭で九州をさす。 「十中八九、この博多にまちがいはござらぬ」 珍しく時宗が頼綱を問いただす。風雲急を告げる事態に、さすがに真剣にならざるを得ない。 「万が一、蒙古が我々の裏をかいて博多以外に上陸するとすれば、長門でござろう。長門は京鎌倉に近く、彼らにとって日本の中心に近づくことでは好都合であろうが、いかんせん蒙古の軍団が上陸するには港が狭すぎる。あとはこの敦賀が考えられるが、船の移動距離が長すぎる。蒙古兵は騎馬戦にたくみだが船の戦いはないも同然。敦賀はまずあるまい。であるならば九州の海の玄関、博多にまちがいない。蒙古にとってこ博多をおさえれば九州全部をおさえたも同じ。九州をおさえれば高麗、中国の三角地帯の貿易も独占できよう。利にさとい蒙古人にとって、博多はのどから手がでるほどほしいはず」 宣時が意気ごんだ。 「どこから来ようとおなじじゃ。この刀で蹴散らしてくれるわ」 泰盛もつられて威勢よかった。 「馬ならともかく船でくる蒙古など、敵ではないわ」 そこに使いがやってきて時宗に耳うちした。 時宗の顔色がかわった。 泰盛が恐る恐るきく。 「殿、いかがいたしました」 時宗が一瞬言葉を失ったかのごとく呆然として吐き捨てる。 「名越教時がいくさの準備をしている」 一同がおどろき、立ち膝となった。 「おのれ教時、やはりそうであったか。北条の身内でありながら、北条に刃向かう愚か者めが」 時宗がとめる。 「まて。ここでせいては事を仕損じる。おちつくのだ。相手は同じ一族。また蒙古の襲来を控えているこの状況で、一つまちがえれば鎌倉はもとより日本の存亡に累がおよぶ」 「さりながら」 「もう少し様子をみよう。決断はこのわしがする」
その北条教時邸には珍客がきていた。 極楽寺良観が教時と時章兄弟の前で談笑していたのである。名越一族はそろって良観を信奉していた。 良観が兄弟にこびた。 「まことにお二人は仲がよい。それに名門のお家柄だけあって品がよろしゅうおわす。さすがこの良観の大檀那ですな。頼もしいかぎりでございます」 兄の時章がていねいにこたえる。 「いいえ、わが名越一族が栄えているのも良観上人のおかげでございます。これからも念仏を唱え、戒律を守ってまいります。どうか上人のご加護を」 時章は弟の真意をただすため、屋敷を訪れていた。 時章は幕府に敵意などない。執権時宗の権力は強大になりすぎていた。かなう相手ではない。それだけに血気にはやる教時をおさえこんで自制させようとしたのである。教時が一歩まちがえれば、自分はもとより長兄の光時もろとも滅亡してしまう。 その緊迫感などないかのように、兄弟が手をあわせた。 良観が機嫌よい。 「さりながら噂というのは、いいかげんなものでございますな」 教時がきいた。 「なにか良からぬ噂でもございましたか」 「いやいや根も葉もないこと。鎌倉の御所あたりから伝え聞こえてくるのだが、なんでも時章、教時様のご兄弟が武器をたくわえ、執権時宗様に反旗をひるがえすとか」 教時がなに食わぬ顔でいった。 「ほう、それは奇怪な」 「それに尾ひれをつけて教時様は京都の時輔様と組み、時宗様を倒そうとの野心ありとか。どこでそんな話がでるのか見当がつきませぬ。このご兄弟を見れば、幕府への忠誠は明らかなものを。まことにおかしな話でございまする」 良観は時勢にまったくの無頓着であった。兄弟の心中などわからない。 三人はそろって笑った。 「さて時間じゃ。そろそろおいとまを」 兄弟は立って良観を見送った。そして部屋にもどったとたん、兄の時章がなじった。 「どういうことだ」 「なにが」 「今の話だ。おぬしが幕府に反旗をひるがえし、いくさの準備をすすめているとな」 「ばかな。つまらんうわさにすぎぬ」 「教時、他人はどうあれ、この兄はだまされんぞ。その目、その匂い、この屋敷の動き。いくさの前の空気ではないか。おぬし本気で戦うのか。われら名越一族のことは考えたのか」 教時がしばらく沈黙し、にやりとした。 「さすがは兄。お見とおしというわけか。いかにもいくさの用意はしておる。しかし準備だけだ」 時章がせまる。 「いかん。準備は反逆と見なされても抗弁できない。思いとどまれ。今からでもおそくない。今ならわしも光時兄もお前をかばうことができる。なんとしてでもやめるのだ」 教時はおちついていた。 「兄上も光時兄も、今の幕府で事がすすむと思っているのか」 時章がだまった。 「蒙古の件では力ばかりを誇示し、相手の使者をはねつけることしかできない。われら名越の意見を無視し、平頼綱、安達泰盛など、使用人や外様なぞを用いる愚かさ。これでは国がもたぬ。わしは兵をおこし、執権時宗に一言申しつけるまで。それが叶わねば一戦を交えるまでよ」 「いかん。いくさは勝たねばならぬ。今の幕府は最強なのだ。われらが北条とはいえ、分家の身だ。かなうわけがない」 廊下が騒がしくなってきた。 戸があき、鎧姿の武者があらわれた。兜の緒をしめて太刀をはき、弓をもっている。 時章が仰天した。 武者が教時につげた。 「殿、悪い知らせが」 「なんだ。この鎌倉にこれ以上の悪い事があったか」 「われらの計画が鎌倉殿にもれた様子でござる。いま侍所にぞくぞくと兵があつまっております。もはや一刻の猶予もなりませぬ」 教時は時章にいった。 「兄上、よいものをご覧にいれよう」 教時が廊下を進み、時章が不安げな顔でつづいた。 廊下奥の堅い扉がひらかれた。 そこにはおびただしい数の武士がならんでいた。 「これは」 時章が嘆息した。 侍所には兵士がものものしく集まりだした。合戦の空気がいやがうえにも高まり、鬨のかけ声があいついだ。このざわめきは二十年前の北条時頼と三浦一族の合戦いらいである。 武門の血が沸騰しはじめている。 彼らは斬りあい、射かけあいで功名を立ててきた。その血なまぐさい本能がよみがえった。それをためす時がきたのだ。 執権の間では腕をくむ時宗のまわりに頼綱、泰盛、宣時らの幹部が輪となっている。みな異様に興奮していた。 頼綱が言上した。 「一刻もはやく事態を収拾せねば。このさいでござる。名越の一族は断固として処分するのがよいかと」 泰盛が弁護した。 「いや、彼らは北条の由緒ある一族でござる。ここで争いをおこしては幕府が瓦解するおそれがある。名越によしみをもつ御家人もあまたおる。まずは彼らの言い分を聞くべき」 泰盛は外様御家人の筆頭である。時宗に仕えているが、権力の集中にはあくまで反対である。名越一族を擁護することで権力の均衡をはかり、身の安泰をもくろんでいた。 かたや時宗の筆頭側用人である頼綱は、その魂胆をなじる。 「おじ気づいたか。そのような生ぬるいことでは蒙古に勝てんぞ」 泰盛もかえす。 「おぬしのような短慮では幕府がほろびるわ。蒙古よりもたちが悪いの」 両者が刀を手に立ち膝になった。 時宗が立ちあがった。 「やめんか」 時宗は恐れおののいた。いままでにない姿だった。 「まて。なぜ内輪もめをかさねる。いったいどうしたというのだ。みなまるでなにかにとりつかれたようだ。昨日まであれだけ平穏であったわれらが、今日は血で血を洗う気配だ。どうしたというのだ」 頼綱がおちつきはらった。 「いまはなにをいってもはじまりませぬ。ご決断を」 時宗がしばらく考えこんだあと、頼綱に告げた。 「名越にむかえ。教時の武装を解除させるのだ」 「従わずば」 「かまわん、討て」 頼綱が不気味にほほえみ、泰盛が落胆した。 「しかし誤るな。兄の光時、時章に嫌疑はない。これに乗じて名越一族を討ってはならぬ。よいか」 「御意」 頼綱がすばやく立ち去った。 平頼綱は名越一族をこのさい全滅させるつもりでいた。主君時宗の命令だったが、戦いとなれば多少の暴走はある。教時をはじめ光時、時章兄弟を殺害してしまえば国内の敵はいなくなる。絶好の機会だった。自身の権威も幕府も強大となるのだ。時宗も結果的に喜ぶだろうと。 北条教時邸では時章が弟を説得していた。 「いかん、幕府に立ちむかってどうする。謀反をおこす気か。やめるのだ、教時」 教時はどっかりと腰をおろした。 「賽は投げられた。京都も呼応して行動をおこすとき」 時章の血の気がひいた。 「京都。おぬし、まさか時輔様と・・」 教時が宙を見て自分にいい聞かせるようにいう。 「世が世ならば、時輔様が執権となるはずであった。時輔様ならば弟時宗にかわって幕府を新しく立て直してくださるだろう。わしはその捨て石となる覚悟である」 この時、所従が告げた。 「殿、侍所から騎馬があらわれたとの知らせでございまする」 教時が反乱軍の将軍として、威厳を醸し出して問いただした。 「して相手方の侍大将は誰だ」 「幕府の元凶、平の左衛門尉こと平頼綱です」 「きおったか。相手にとって不足はない。みなに伝えよ。平頼綱の首を取れと」 鎧姿の武士が勇ましくかけ声をあげた。 「幕府の奸臣、平頼綱を打ち取るぞ」 当の平頼綱は馬にまたがり若宮大路をすすむ。その直下に騎馬数百騎が従い、さらに雑兵がつづく。 町衆が荷をかついで逃げだしていく。 「いくさじゃ、いくさがはじまった」 あわせるように教時の騎馬も邸からでていく。これにつづく武士団。さらに雑兵。 教時は若宮大路にでた。そしてついに頼綱の一団と遭遇した。 騎馬がいななき、雑兵がさわぐ。 平頼綱が呼びかけた。 「おお、これは名越の跡取り北条教時殿。この昼間に物々しい出でたちでござるな。いずこにお出かけでござる」 教時がかえす。 「これはこれは、侍大将、平の左衛門尉殿。日頃なにかと忙しい貴殿をここでお見かけするのは幸運でござるな」 「冗談はこれくらいにして、教時殿、執権時宗様より武装を解除せよとのお達しでござる。すみやかに命に服されたい」 教時が笑った。 「これは武士の正装でござる。鎌倉殿にまみえるための礼装である。われらはこれから御所にうかがう。左衛門尉、道をあけられい」 頼綱が顔色をかえ怒声をはなった。 「教時、おぬしの魂胆は目に見えているわ。御所を襲い、幕府を転覆するつもりであろう。われらは一歩も引かぬ。ここを通りたいなら踏みこえていけ」 教時の軍団が怒る。彼らはあらんかぎりの罵声を浴びせた。 教時が叫ぶ。 「左衛門尉、よくぞ申した。北条の執事でありながら、北条をほろぼす大悪人。師子身中の虫とはおぬしのことなり。今日こそはその首をかき斬ってしんぜよう」 今度は幕府勢が激高する。緊張は頂点に達した。 教時があやつられたかのように頼綱に斬りかかった瞬間、両軍がはげしくぶつかった。 両者のつもりつもった憤懣が一気に爆発した。 文永十年二月十一日、世にいう二月騒動の勃発である。 鎌倉は逃げまどう町民であふれた。 騎乗の武士が縦横に走りすぎ、従者がつづく。 侍所は騎馬と兵卒でごったがえした。兵士がかけ声をあげ、馬がいななく。 時宗のそばには安達泰盛がひかえた。 注進が大声でつげる。 「ただいま平の左衛門の尉殿、教時殿と合戦におよびました」 泰盛がかっと目をひらく。 「してどちらが優勢だ」 「かいもく見当がつきませぬ」 泰盛がいらだつ。 「それでは注進にならぬわい。はっきりせよ」 時宗が使者の腕をつかんだ。 「もどって左衛門尉に伝えよ。討つは教時のみ、ほかの北条を討ってはならぬ」 白昼の鎌倉で軍兵がはげしく争う。 名越教時を先頭にした軍勢が平頼綱を押していく。馬上の教時が半狂乱で刀を振りかざし、斬ってすすんだ。 「御所はもうすぐだ。余すな者ども、漏らすな若党。討てや」 頼綱がこらえながら叫ぶ。 「ひるむな。こらえろ」 この時、侍所から雲のような援軍がかけつけた。頼綱がよろこび、教時が動揺した。こんどは幕府勢が敵をおしていき、ついに教時邸までもどすまでになった。 頼綱が馬上ではげます。 「今だ、押せ押せ。末代まで名をとどめや者ども」 教時勢がつぎつぎとたおれていく。 「いかん。ひけひけ、籠城だ」 教時勢が邸の中へ逃げ込むが、頼綱勢も追いかけて門の前で激戦となった。名越勢は数の上で劣る。大軍をささえきれない。幕府勢はなだれをうって邸内に突撃した。 庭で家屋で斬りあいがはじまった。教時が死にものぐるいで刀をふりまわす。 雑兵が教時を背後から斬りかかったが、一瞬早く兄の時章が体当たりしてかばった。 教時がよろこぶ。兄時章は決戦の面構えである。 「こうなっては運命じゃ。わしの命はお前にあずけたぞ」 時章、教時の兄弟が幕府の大群に猛然といどみかかった。
合戦のどよめきが遠くに聞こえる。 時宗が壁にむかってすわりこんだ。北条どうしが血で血を洗っている。恐れていた事態がついにおきてしまった。 注進が入ってくる。 「左衛門尉さま、形勢不利でありましたが、ようやく逆転、敵をおし返しておりまする」 入れかわりに新たな注進がかけこんでくる。 「ただ今、名越勢は屋敷に逃げこみました。両者はげしく打ちあっております」 泰盛が使者をはげました。 「よし一人ももらすな、のこらず討ちとれ。切り通しのそなえは万全か」 「かためておりまする」 「教時の援軍があるやもしれぬ。そやつらが鎌倉に突入すれば一大事だ。ぬかるな」 注進が去っていく。 室内ががらんとなり、時宗と泰盛だけがのこった。 時宗は壁の前で腰をおろし、頭をさげたままでいた。 泰盛が時宗をはげました。 「殿、ご安心くだされ。幕軍は優勢ですぞ。夜明け前には決着がつくはずでござる」 時宗は下をむいたままつぶやく。 「泰盛、それだけか」 泰盛が怪訝な顔をした。 時宗は床の一点を見つめたままだった。 「このいくさ、教時一人がおこしたのではあるまい。諸国に間者を放っていたおぬしだ。このわしに、いまだ知らせぬことがあろう」 泰盛がかしこまり、ぼそりといった。 「殿、じつはこのいくさ、黒幕がおりまする」 沈黙がながれた。 時宗がしぼるようにいった。 「それはわが兄じゃな」 泰盛がくやしそうにこたえた。 「残念ながら。時輔様は京都で旗揚げをなさる覚悟でござる。買収した公家から密告がありました。幕府に不満をもつ武士どもを糾合し、鎌倉に攻めいる手はずでござる。まことに情けなき次第」 時宗が悲痛な顔をあげた。 「わしはどうしたらよい」 泰盛は必死だった。 「殿、どうかご決断を。わたくしめは御家人の身。殿の身内の処断は、それがしにはできませぬ」 時宗がうめく。 「ならば教えてくれ。なぜ兄弟が争わねばならぬ。血のつながった一族がどうして殺しあいをする。八幡大菩薩はわれらを見捨てたのか。すべての仏に安泰を祈願してなぜ叶わぬ。執権として聞く。なぜだ」 泰盛が涙をもって告げた。 「これも日本国をつかさどるための試練でござる。今、殿におかれましては耐え忍ぶのみ。殿、どうか兄上様に断固とした処置を」 時宗がついに言った。 「泰盛、兄上を討て。いそぎ六波羅に伝えよ。一刻の猶予はならぬ。おくれたならば国土のすべてに逆賊がおこる」 泰盛がよろこんだ。 「よくぞ決断されました。すぐに手配を」 泰盛が大声で指図した。 「全国の御家人に早馬をたてよ。鎌倉幕府存亡の時である。急ぎ参集せよ。遅参する者は罰するとな」 外の喧騒はつづいていた。 時宗の涙が床にぽたりとおちた。 教時邸で激しくぶつかり合った両軍だが教時方がしだいに討たれていった。教時の子、宗教・宗氏も討たれた。 そして教時、時章の兄弟が息も絶え絶えに空き部屋へころがりこんだ。髪は乱れ、血まみれになっている。二人ともすでに体力の限界をこえていた。 兄弟はすわりこんでむかいあった。 教時がぼそりという。 「もはやこれまで」 時章はにこやかだった。 「どうじゃ、満足したか」 「なんの、本家の時宗に一泡吹かせたかったが、これも運命じゃ。しかしすまぬ、兄者を巻きぞえにしてしもうた」 時章が笑った。 「いや、ひさびさに暴れ回ったわ。死ぬのは恐ろしゅうない。武家に生まれた者、いつかはこの日がくるもの。いまはただ、光時兄の無事を祈るのみ」 幕府勢の雄叫びが強くなった。 時章が宙をみた。 「阿弥陀如来のお迎えがきたようだ。そろそろいくか」 教時がうなずく。 「兄者、おたがい短い命であったな。来世でまた会おうぞ」 「おお」 兄弟は刀を互いの胸に深々と刺し、果ててしまった。一瞬の出来事だった。 同時に怒涛の勢いで頼綱が駆けこんできた。 頼綱がくやしがった。 「ええい、自害しおったか。首をとれ。よし、われらは勝ったぞ」 兵士が興奮しきって勝ち鬨をあげた。この歓声が外に波及した。 頼綱が異様な興奮をみせた。 「みなの者、よく聞け。これから名越の大将、北条光時を討つ。あやつこそ幕府をゆるがす張本人だ。早く討って時宗様にきゃつの首をご覧にいれるのだ。行くぞ」 兵士が狂ったように雄叫びをあげ、外にくりだした。そしてわめきながら駆けていく。 名越の筆頭である光時を討つのは、明らかに越権行為である。しかし血に飢えた勢いはだれにも止めることはできない。御内人である頼綱にとって、名越の滅亡は幕府権力を固める絶好の機会である。主君の命令を無視してでも強行せねばならない。結果は事後報告でよいのだ。
by johsei1129
| 2019-12-13 22:26
| 小説 日蓮の生涯 中
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