2017年 07月 15日
![]() 頼りなげな小舟が一艘、吹雪の海原をいく。 船内には蓑を着た日蓮、伯耆房らがいた。彼らは全身に雪をかぶり、白一色となっていた。 日蓮の目に佐渡ヶ島が大きく見えてくる。 寺泊を十月二十七日に出港し三日目の十月二十九日、船はようやく港にたどりついた。一行は蓑の雪をはらい、こごえながら波止場におりた。 上陸した日蓮たちが長い坂をのぼる。道のりは遠かった。ときおり吹雪がふきつけた。 やがて豪壮な屋敷がみえてきた。佐渡の守護代、本間六郎左衛門の尉重連の屋敷である。 全身白ずくめとなった日蓮の一行が到着すると、主人の本間重連があらわれ、土間に立った。 「重連である」 日蓮はやっとのことで島の主に会えたことに安堵した。 「日蓮と申す。鎌倉よりまいった。世話になります」 日蓮が頭をさげるが、重連は礼をせずたったままである。 「遠くからよく来られた」 言葉は丁寧だが、僧を敬うという素振りは微塵も感じさせない。慇懃無礼といってもよい。 弟子たちが重い荷物をおろし、休息しようとすると重連が告げた。 「恐れながら日蓮殿の住まいはここではない。数日の内に配置先を決めるので、それまではこの屋敷で休まれるがよい」 日蓮の一行が屋敷で二泊した後、重連は配下に指図した。 「上人一行を三昧堂に案内せよ」 日蓮たちは再び雪原に出ることになった。 一行は重連の屋敷の裏手を歩かされた。重連の配下が前を行く。 伯耆房を先頭に、弟子たちが膝頭まで雪に埋まりながら雪を踏み固める。日蓮がその後に続いた。 やがて原野にぽつんと廃屋のような建物が見えた。まわりは墓地である。卒塔婆や墓石が雪の上から顔をのぞかせている。土地の人はこれを塚原三昧堂といった。 軒下には積もった雪がつららをたらしていた。中は床の板間がはずれている。壁もひびが入り、外の雪がちらつくのが見える。 塚原三昧堂に配されたのが十一月一日。九月十二日の竜の口の法難から、はや二ヶ月がたっていた。十月二十八日に佐渡について、やっとのことで住まいを得たが、新たな試練がまちうけていた。この極寒の地で生き抜いていかねばならない。 夜がふけ、弟子が燈心を灯すと三昧堂の中はおぼろげながら明るくなった。 日蓮は蓑を着たままで、すすけた天井や壁をまじまじと見つめた。 同じころ、本間重連の屋敷では一族が囲炉裏を囲んで食事をしていた。 女房が熱い汁をくみ、主人の重連に給仕する。佐渡でとれた菜や近海の魚がめいめいの膳にあふれた。 主の重連がぼやいた。 「まったく迷惑な話だわ。あのような坊主をよこしおって。鎌倉殿も、こまったお人よ」 郎従がいう。 「しかしあの僧は蒙古の責めを予言した人物というではないですか。軽からざる僧と聞きましたが」 重連が魚をつついた。 「それよ。良く扱ってもいかん。悪くあしらってもいかん。やっかいじゃわ。すでに島の者は日蓮がきたことを知っておる。佐渡の衆は皆古くから念仏の信仰が厚い。その念仏を無間地獄と申す者がきたのだ。ひと荒れくるわ」 「しかし日蓮は鎌倉殿をなんども諫めた骨のある僧侶との評判もございますが」 重連が吐きすてるようにいった。 「骨などなくともよいのだわ。われら武士は土地を守って子孫が栄えればよいのだ。鎌倉殿に従えば安穏に暮らせる。逆らえば日蓮のようにみじめな身分に落ちてしまう。ま、あの坊主がどうなろうとわしの知ったことではないが」 重連は話を打ち切り、強米(注)をかきこんだ。 本間六郎左衛門重連は佐渡守北条宣時の部下であった。彼は宣時の領土である佐渡を任されていたので守護代といった。 本間一族はもともと相模の出である。相模国愛甲郡依知に本間の地名があり、ここが彼らの出身地である。 本間一族は北条幕府の滅亡後も永続し、戦国時代まで佐渡を統治している。このため現代でも佐渡には本間姓が多い。余談だが筆者の継母は旧姓本間、先祖は佐渡である。 三昧堂では日蓮たちが法華経方便品第二と如来寿量品第十六を誦し、そのあと一心不乱に「南無妙法蓮華経」と題目を唱えていた。 みな寒さにふるえ、蓑を着たままだった。 「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経・・」 身は過酷な状況に置かれても、一行の心にはみなぎる思いがあった。 しかしこの時、野外では斧や鎌をもち、堂内の様子をうかがう者たちがいた。 彼らはみな「念仏の敵、日蓮憎し」の顔つきで三昧堂をにらんでいた。
強米 蒸した玄米で、鎌倉時代の武士の主食であった。
by johsei1129
| 2017-07-15 13:29
| 小説 日蓮の生涯 中
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