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日蓮大聖人『御書』解説

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2014年 11月 25日

人法体一の明文を明かす【文底秘沈抄第二】本門の本尊篇

今此等に(じゅん)ずれば法は是れ諸仏の主師親なり、(なん)ぞ人法体一と言うや、若し明文無くんば誰人か之を信ぜんや。

答う、所引の文(みな)迹中化他の虚仏(こぶつ)色相(しきそう)荘厳の身に約す故に勝劣有り、若し本地自行の真仏は久遠元初の自受用身、(もと)是れ人法体一にして更に優劣有ること無し、今明文を出だして以て実義を示さん。

法師品に云く「若しは経巻所住の処、此の中(すで)に如来の全身有り」云云。

天台釈して云く「此の経は是れ(ほっ)(しん)舎利(しゃり)等云云。

宝塔品に云く「若し能く持つ有らば則ち仏身を持つ」云云、

()(げん)経に云く「此の経を持つ者は則ち仏身を持つ」云云。

文句第十に云く「法を持つは即ち仏身を持つ」云云。

又涅槃経に如来行と云い今経には安楽行と云う。

天台文八-六十五に之を()して云く「如来は是れ人、安楽は是れ法、如来は是れ安楽の人、安楽は是れ如来の法、総じて之を言わば其の義異ならず」云云。

記八末に云く「如来涅槃、人法名殊(なこと)なれども大理別ならず、人即法の故」に云云。会疏(えしょ)十三-二十一に云く「如来は即ち是れ人の醍醐(だいご)、一実諦は是れ法の醍醐、醍醐の人、醍醐の法を説く。醍醐の法、醍醐の人を成ず。人と法と一にして二無し」云云。

略法華経に云く「六万九千三八四、一々文々是真仏」云云。

諸抄の中文字は是れ仏なりと云云。

御義口伝に云く「自受用身即一念三千」。

伝教大師秘密荘厳論に云く「一念三千即自受用身等」云云。

報恩抄に云く「自受用身即一念三千」。

本尊抄に云く「一念三千即自受用身」云云。

 宗祖示して言わく「文は睫毛(まつげ)の如し」云云。()の言(まこと)に由有るかな、人法体一の明文赫々(かくかく)たり、誰か之を信ぜざらんや。


                色相荘厳の仏を破す につづく

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by johsei1129 | 2014-11-25 22:13 | 日寛上人 六巻抄 | Trackback | Comments(0)
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