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日蓮大聖人『御書』解説

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2014年 11月 15日

地獄と仏とは・・・委細にたづね候へば我等が五尺の身の内に候とみへて候と説いた【十字御書】

【十字御書(むしもちごしょ)】
■出筆時期:弘安4年正月5日弘安三年(西暦1281年) 六十歳御作
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■出筆の経緯:本書は「重須(おもす)殿女房」すなわち、富士郡重須の地頭・石河新兵衛殿の夫人(南条時光殿の姉)が、年頭に当たり身延の大聖人のもとへ、蒸餅その他の品々を御供養申し上げたことに対する、お礼のご消息文となっております。
このなかで大聖人は「地獄と仏とはいづれの所に候ぞとたづね候へば・・・<中略>・・・委細にたづね候へば我等が五尺の身の内に候とみへて候」と、説くと共に「正月の始に法華経をくやうしまいらせんとをぼしめす御心は、木より花のさき、池より蓮のつぼみ、雪山のせんだんのひらけ、月の始めて出るなるべし」と重須殿女房の厚い志を称えておられます。
尚、十字(むしもち)とは、鎌倉時代に中国から伝来したもので、災いを除き幸いを招くおまじないとしてお正月の祝い食べ物として蒸し餅に紅で「十」の字を記したことがいわれとなっております。
また現在の北山本門寺は、重須殿女房の子、石河孫三郎能忠が開基しております。
■ご真筆: 富士・大石寺所蔵。
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[十字御書 本文]

 十字一百まい、かしひとこ(菓子一籠)給い了んぬ。正月の一日は日のはじめ月の始めとしのはじめ春の始め、此れをもてなす人は月の西より東をさしてみつがごとく、日の東より西へわたりてあきらかなるがごとく、とく(徳)もまさり人にもあいせられ候なり。

 抑(そもそも)地獄と仏とはいづれの所に候ぞとたづね候へば、或は地の下と申す経文もあり、或は西方等と申す経も候。しかれども委細にたづね候へば我等が五尺の身の内に候とみへて候。さもやをぼへ候事は我等が心の内に父をあなづり母ををろかにする人は、地獄其の人の心の内に候。譬へば蓮のたねの中に花と菓とのみゆるがごとし。仏と申す事も我等の心の内にをはします。譬へば石の中に火あり珠の中に財のあるがごとし。我等凡夫はまつげのちかきと虚空のとをきとは見候事なし。我等が心の内に仏はをはしましけるを知り候はざりけるぞ。ただし疑ある事は我等は父母の精血変じて人となりて候へば、三毒の根本婬欲の源なり。いかでか仏はわたらせ給うべきと疑い候へども、又うちかへし、うちかへし案じ候へば、其のゆわれもやとをぼへ候。蓮はきよきもの泥よりいでたり、せんだん(栴檀)はかうばしき物大地よりをいたり、さくらはをもしろき物、木の中よりさきいづ。やうきひ(楊貴妃)は見めよきもの下女のはらよりむまれたり。月は山よりいでて山をてらす。わざわいは口より出でて身をやぶる、さいわいは心よりいでて我をかざる。

 今正月の始に法華経をくやうしまいらせんとをぼしめす御心は、木より花のさき池より蓮のつぼみ、雪山のせんだんのひらけ、月の始めて出るなるべし。今日本国の法華経をかたきとしてわざわいを千里の外よりまねきよせぬ。此れをもつてをもうに、今又法華経を信ずる人はさいわいを万里の外よりあつむべし。影は体より生ずるもの、法華経をかたきとする人の国は、体にかげのそうがごとくわざわい来るべし。法華経を信ずる人はせんだんにかをばしさのそなえたるがごとし。又又申し候べし。

正 月 五 日        日  蓮  在御 判
をもんすどのの女房御返事





by johsei1129 | 2014-11-15 23:13 | 南条時光(上野殿) | Trackback | Comments(0)
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